after Today.
今年は、うるう年ではないから、今月は28日まで。要するに今日まで。多分意味のないところに几帳面な担任だから、今日のLHRで席替えを行うだろう。
そしてそれは現実となり、教室は特有のテンションに包まれていった。
「はぁ……」
誰にも、くじをひいている彼女にも届かないため息をつく。
別に期待してたわけじゃない。自分がこのままでいることを望んだ。変わることを望まなかった。でも、誰も、彼女さえも知ろうとしないんだ。自分がそう望んだのにね。
自分が創り上げた現実に嫌気がさす。
現実が自分と一枚隔たれたところにあればいいと思う。そうすれば、自分は空気と同じ存在になれる。オブラートか、サランラップにでも包んで欲しい。
彩香さんはどんな顔をしているだろう。今までの隣人と同じように、 次の席替えを楽しみにしているのだろうか。 やっとこいつからおさらばできる、 という顔をしているのだろうか。も しそうだと思うと。
怖い。
ついこの間、彼女は本物だと、陰などないと感じたばかりじゃないか。また、疑うのか。また、繰り返すのか。
自問するも、恐怖は私の中の彼女を豹変させる 。信じていたものを包み込み、何も見えなくしてしまう。一欠片の疑心が、心を埋め尽くす音がザワザワと響く。
耳を塞ぎ、目を閉じる。喧騒を切り離した世界は、私以外何も存在していなかった。あぁ、いっそここで生きてみようか 。他人から傷を受けるくらいなら、 自分で自分を傷つけよう。
「怜ちゃん」
その言葉で、また壊れた。彼女にそう呼ばれるたびに、私が構築してきた世界は崩れていくんだ。 辛い現実を見なければいけなくなるけど 、それはとても眩しい。
その光はとっても温かい。 彼女が放つ光なのか、現実の見せる幻想なのか。どちらでもいいけど、 それでも私の世界に彼女は入ってくる。
私は彼女の方を向いた。彼女は少し照れたような顔つきで私を見ていた。
「あ……あのさ。お誕生日おめでとう」
驚愕。
「う……ん。でも、」
そんなこと、彩香さんに言った記憶はない。なぜ? そんな私の心を読み取ったのか、彼女は軽快な笑いを浮かべ、
「怜ちゃん、前に言ったじゃない。『来年四歳になるのに』って。それってうるう年にしかない日、二月二十九日生まれしかありえない!」
否定の言葉を重ねようとする私を遮り、彩香さんはサブバッグから何かをそりだした。そこに、
「はいじゃー席移動してー」
その声を合図に皆が一斉に移動し始める。二月が、終わる。
彩香さんは焦りながら、でも確実に言葉を紡いでいた。
「これ、誕生日プレゼント。こういうの、あまり買わないから何買えばいいか分からなかったけど。……気に入ってくれたらいいな」
彩香さんの差し出すそれを受け取ろうと手を伸ばし、それに触れた。偶然、彩香さんの指に私の手が当たってしまった。
その瞬間、世界の全てが透明になって、音楽が響いた。
優しくて、真っ白で、忘れかけてた子供の頃の思い出をくすぐられるようなメロディー。これはきっと、彩香さんの世界なんだ。
届かない世界。いや、誰もが気付かずに通り過ぎてしまった世界。
「オルゴール……」
「えっ、どうしてわかったの?」
彩香さんが驚いている。後ろにいた男子が急かすように机を揺らした。
「あっ、ごめん」
飛び上がった彩香さんにつられて私も立つ。
「来年は、ちゃんと誕生日に渡すね」
そういって机を動かし始めた彩香さんの手を掴んだ。
「どうしたの……?」
もうあの世界は響いてこない。
そんなことじゃない。もっと、もっと大切なこと。
「お返し……したいの。誕生日、教えて?」
一言ずつしっかりと、頭の中で反芻する。こんなにも緊張したことがかつてあっただろうか。
「誕生日? 私は……、来年の明日、四歳になります」
笑う。
それは今まで彩香さんが見せた表情のなかで、一番綺麗だった。
でも、これで終わりじゃない。いつもそうだ、私はいつも本音じゃなかった。いつも曖昧にして、 自分から終止符を打っていた。 たくさん言わなくちゃいけない。 でも、この一言で伝われば―――。
作品名:after Today. 作家名:さと