不見山
三
僕は何やらわからぬものを捜す。喩えるなら砂浜できれいな貝殻でも捜すように。わかっているのはきれいだということだけだ。砂と汗にまみれて、子供のようだと笑われながら、その魅惑的な何ものかへの渇望に、没頭していく。形も知らぬ癖に、すぐそこにあるような気がしている。
そうして――ふいに顔を上げたとき、ようやく海を見るのだ。手を伸ばしていた先が、何を掴むでもない、ただ闇だったことを知る。ふらりと立ち上がり、歩を進めると、波は長く深く胸の奥を響き震わせ、足から涼を伝える。空と海が混じり合う先に、陽が溶けていくのを見る。波が引いて足下の砂をさらっていく。
例えば、いつとない、道に落ちていた猫の死骸を見たときの事を思い出す。あるいは自分の吐瀉物。他人のでは駄目だ。あのときの抜け殻な感じ。
例えば自分の書いた物語を読み返す感じ。散髪屋で自分の髪の毛だったものが箒に掃かれて捨てられていく感じ。切られた爪と自己とが無関係だという信念の不連続な感じ。自分から切り離されたものが、いかにも虚しいことに気が付く。残ったものが虚無な幻想でないことを誰が保証できよう。
二度目のスイッチバックに差し掛かったとき、捜し物はとうとう見つかった。電車ががたがた揺れながら停止していく。少女がまた窓の外を指さして言った。
「ほら、あれです」
小さな薄褐色の塊である。触れれば砂でできた城みたいに儚く崩れてゆきそうな、紫陽花の枯れた姿だった。鮮やかな色を付けていた頃にはあったろう潤いは面影なく、花びらの一枚一枚がすっかり渇いている。これが先ほど彼女が見つけ、彼女に小さな興奮と歓喜を与えたものの正体であった。
やがて電車はまた頭を入れ替えて走り出した。直ちに枯花は遠ざかって窓枠から消えていく。流れていく緑が美しかった。僕は何を言っていいのか判じかねたので黙っていた。そうして、同じく黙ってしまった少女の表情を伺おうと横顔をのぞき見た。