不見山
そう言ううちに、成る程運転士と車掌とおぼしき男らが交代するためにすれ違っていった。今度は少女に視線をやると、蛾眉の尻を下げて、眠たげに細めた瞳が横目に僕を見ているところだった。少女はすぐに視線を前に戻し、潤うような黒艶の髪を弄ぶ。先の歌うような声を聞いて、もしかしたら彼女の微笑が見られるかと期待したのだが、はたしてその野望は叶わなかった。指先でさらりと小さく踊る黒髪は見るほどに美々しく、涙の溢れるような光を湛えた瞳を、長いまつげが守り隠すような儚げな伏し目。あまり長く見入ってしまっていたのか、少女がまた横目に僕を見て、何ですかと問うた。僕は苦笑いをして、何でもないとだけ答えた。
程なくして、車両が大きく一度揺れると、これまで来た方向へゆっくりと戻り始めた。景色はどこまでも単調で似たようなものだが、逆向きというだけで不思議と新鮮みがある。それは陽光を漏らす木々の隙間の微妙さや、窓から入り込む風当たりによるものかもしれないし、それ以上の何ものかのせいかもしれない。きっとよく知る人の横顔や、あるいは普段見せぬ表情に、違和感めいた趣を発見するのに似ている。そんなふうに思案して、僕は再び彼女を盗み見るようにして観察する。
「ああ、ほら見てください。あれ……」
途端に少女がうわずった気持ちを押さえつけるような声で言って、向かいの窓を指さした。僕はしなやかな指の差すとおりに視線を向ける。彼女の指が進行方向と逆に移ろっていくのにつれて、その先に目をこらすが、とうとう彼女が先に指を下ろした。一体何を見たのかと問うと、彼女は困ったような顔をしてから、
「でもきっとまた見られますよ」
とだけ言った。彼女が僕に見せたかったものが何なのか、僕は結局わからないまま、長閑な旅路を続ける。彼女はきっとまた見られると言った。僕はぜひとも見てやろうという気になって、向かいの窓の外、流れゆく木々をじっと眺めていた。
電車はひた森を行く。僕は捜し物を続ける。
それはなかなか見つからなかった。木々の合間とか、時折覗く空だとか、そこに何かがあると信じて、目を凝らすものの、姿を現す様子はない。景色はいっこう変わらぬ。僕は彼女に退屈はしないかと訊ねた。彼女は思いがけず眉尻を下げて目を細め、潤むような上目遣いで見上げてき、何かを言いかけた口をはっとつぐんだ。ひどく悲しそうに見えた。