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不見山

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 今度は窓外を見やったままであった。行儀良く膝の上にのせたままだった手を気怠そうに持ち上げて、後ろで二つにくくった艶のいい黒髪を弄ぶ。白い肌とのモノクロームに、前髪を留めている赤いヘアピンのワンポイント。口は柔らかく結び、物静かな空気をまとって座ったままでいる。それ以上の言葉を紡ぐつもりのない様子なので、僕は一時夏の日を離れ紫陽花に思いをはせる。薄紅色や、もっと濃いものもあるが、先に思い起こされるのは夜明け前のような淡い藍色だ。小さな装飾花が集まっている様はそれだけで一つの花束のようだと言ってもいい。花壇に並ぶ背の低い緑色の中に水色の花束の点在するを思う。葉脈の一筋までくっきりとした葉に乗せた露が、朝日を浴びて静かな光を湛えている――。成る程、紫陽花が欲張りというのはそんな事情かもしれない。
「もう少し早く来ていたら、窓から沢山の紫陽花が見えたろうに」
 僕がそう言うと、少女は溜息を呑み込むように小さく「あ」という声をかみ殺した。僕は再び窓外に意識を戻して、流れ去っていく風景を眺めていた。

   二

 相も変わらず僕らは心地よい揺れに身を任せながら、窓外の木漏れ日の海に見入っていた。さほど速度が出ているわけではないが、過ぎ去っていく緑の中に時折現れる紫や黄色の花が何であるのかはよく見て取れない。もっとも、種類がわからなくとも、それが単調にして見飽きぬ風光明媚に、ヴィヴィッドなアクセントを加えているのは間違いない。そんなことを考えて、ふとこれが何かに似ているなと漠然と思った。
 やがて電車はゆっくりと速度を落とし始めた。ブレーキの音は特にこの美を損ねるものとは感じなかった。見回せば辺りは変わらぬ木々の中だ。とても人の降りる場所ではないので、どうしたことだろうと外に注目していると、隣の少女が静かに、しかしどこか楽しそうに声を弾ませて言った。
「スイッチバックですよ」
作品名:不見山 作家名:秋涼いちる