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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡士紫苑 in the Eden

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 灯台下暗しとはまさにこのことだった。姫野ユウカは姫野亜季菜の姉だ。すぐ近くに情報を持っている人物がいたのだ。
 そうとわかれば迅速に次の行動に移らなくてならない。つかさはここで話を切り上げることにした。
「ありがとう、情報料はどこに振り込めばいい?」 
「個人的な雑談だから料金はいらないよ。代わりにボクの質問に答えて欲しい」
「なに?」
「紫苑と同じ匂いがするのはなぜだい?」
「ノーコメントで」
 にこやかな顔をしながらも、つかさの瞳は獲物を狩る獣の眼をしていた。構わず瑠流斗はつかさに背を向けた。
「キミとここで争う気はないよ」
 瑠流斗は屋上のフェンスを飛び越えた。
 急いでつかさはビルの真下を眺めたが、瑠流斗の姿はどこにもない。すでに街の影に消えてしまったあとだった。
 瑠流斗はつかさと紫苑の関連性を知っていて、あえてつかさに話をしたのだろうか?
 真意のつかめない瑠流斗の行動に、つかさは天を仰いだ。
 このとき、同時に愁斗も自室で天井を仰いでいた。

 伊瀬が運転するレンタカーは帝都の中心都市ミヤ区に向かっていた。
 後部座席に乗っているのは亜季菜と愁斗。愁斗がマンションの外に出るのは、何日ぶりだっただろうか?
 ミヤ区は帝都の中枢。夢殿と呼ばれる敷地内には、女帝直属の部下ワルキューレが住むヴァルハラ宮殿などがあり、帝都でもっとも警戒が厳重な場所のひとつだ。
 高級住宅街を抜けた車はある玄関門の前で停車した。
 カメラアイが車をスキャンして、重く閉ざされていた門が開く。
 門の先から伸びる長い道が二階建ての洋館まで続いている。
 レンタカーよりも高級車のほうが似合いそうな館だが、高級車ではなくレンタカーを使うのは、亜季菜の身を保身するためだ。高級車に乗るのは、ここに金持ちがいますと強盗に狙ってくれといっているのと同じだ。犯罪都市の一面もある帝都では、よほどの防護策がない限り危険な行為だ。
 洋館の中で出迎えた老紳士の執事[バトラー]は、3人を応接室に案内した。
 外観は伝統的なゴシック建築の洋館だが、中は近代的な機会が配備され、エスカレーターやエレベーターの配備までしてある。
 応接室の自動ドアが開かれ、その先で待ち受けていたのはこの屋敷の主、姫野グループの会長であり、姫野亜季菜の姉である姫野ユウカだった。
 姫野ユウカは電動車椅子の上で3人を出迎えた。
「アンタね、突然来るとか言われても困るワケ」
 最初の挨拶からユウカの不機嫌そうだった。もちろん、その言葉は妹の亜季菜に向けられた言葉だ。
「忙しいとかいって、今日も誰かとデートディナーなんでしょ」
 二人の姉妹を見て愁斗は伊瀬にそっと耳打ちをする。
「二人は仲が悪いんですか?」
 愁斗の問いに伊瀬は難しい顔をするだけで、なにも答えようとしなかった。
 車椅子を走らせユウカは亜季菜を見上げた。
「デートのなにが悪いワケ? デートも仕事のうちなのよ」
「デートもいいけど、早く結婚してくれない? お姉ちゃんが先に結婚してくれないとアタシお嫁に行けな〜い」
「アタシに結婚して欲しいならデートの邪魔しないでくれる? 今日だってアンタのせいで九音寺重工の社長との約束キャンセルしてあげたんだから」
 このままだと不毛な言い争いがいつまでも続きそうだ。それを止めたのはバトラーと伊瀬が同時にした咳払いだった。
 これで先に引いたのは年上のユウカだった。
「お見苦しいところを見せてごめんなさい」
 切り替えも早く、ユウカは愁斗と伊瀬に微笑みかけた。かなり訓練された営業用の笑みだ。
 が、その笑みも一瞬で、ユウカは上目遣いで亜季菜をカッと睨みつけた。
「アンタはさっさと出てって、アタシは愁斗クンと二人で話したいの」
「はぁ、なんで? 襲う気?」
「バカじゃないの、アタシは年上好きなの」
「お姉ちゃんより年上っておじいちゃんじゃないの」
「ヌッコロスわよアンタ」
 再びはじまった戦いに伊瀬が咳払いをした。
「亜季菜様、行きますよ」
 無理やり伊瀬に腕を引っ張られ亜季菜は部屋の外に出された。すぐにバトラーがドアを閉め、残されたのは愁斗とユウカだけ。
 ユウカは営業用ではない笑みを浮かべて、ソファに座るよう愁斗に促した。
 向き合う二人はしばらくの間、会話がなかった。
 愁斗はユウカのことを歳の離れた姉だと亜季菜に聞いていたが、外見的にはそんなことはない。20代後半に見えるが、実際は40近いという。
 じっと愁斗を見入っていたユウカが口を開く。
「はじめまして、秋葉愁斗クン」
「はい、はじめまして。ユウカさんのことは亜季菜さんからいろいろ聞いています」
「どうせ悪口ばかりでしょう」
「そうですね……」
 ここで会話は止まり、ユウカは再び愁斗の顔をじっと見入っている。愁斗は少し会話ベタなところがありそうだが、ユウカはそう見えない。けれどユウカは黙ってしまっている。
「僕の顔がなにか?」
 と、愁斗が訊くとユウカは微笑んだ。
「初恋のひとにソックリなのよね」
「初恋のひとですか?」
 困った顔をする愁斗。
「蘭魔クンっていうのよね」
 その言葉に愁斗は驚愕した。
「まさかッ!?」
「アナタのお父様らしいわね。こんな大きな子がいるだなんて、イヤねアタシも歳を取ったものだわ」
「父を知ってるんですか、なぜ、どこで!?」
「同級生だったのよ。クローバー同盟という探偵団を結成して、いろいろな怪奇事件を解決したのよ。あの頃が人生で一番有意義だったわ」
 こんな話、初耳だった。そういえば、愁斗は父――蘭魔の昔話を聞いたことがない。どんな学生時代を送り、どんな青春時代を過ごしたのか、なにひとつ聴かずに育てられた。
 ユウカは車椅子を走らせ、愁斗に背を向けた。
「思い話はまた今度にしようかしらね。アナタが来た理由は大よそ聴いているわ。来なさい」
 自動ドアを抜けて走り出す車椅子を愁斗が追う。
 赤絨毯の敷かれた長い廊下を進む。
 エレベーターに乗り込んだユウカが操作パネルの下のフタを開け、カードキーを差し込むと、ないはずの地下へとエレベーターは下りはじめた。
 地下で愁斗たちを待ち受けていたのは大金庫の大きな扉。
 静脈と瞳の虹彩の生体認証を済ませ、円形の分厚い扉が開かれた。
 貸し金庫のように壁に並べられたケースから、ユウカはなにかを探しているようだった。
「どこに閉まったか忘れたわ。ちょっとバトラーを呼んできてくれないかしら……あっ、あったわ、きっとコレね」
 ユウカから手渡された銀色のケースを愁斗はゆっくりと開けた。
 中に入っていたのは心臓だった。
 模型ではない。
 ガラスケースに入った心臓は鼓動を打っている。この心臓は生きているのだ。
「誰の心臓ですか?」
 生きた心臓を見てもまったく動じず、愁斗は淡々とユウカに尋ねた。
「メルフィーナ・レムリアよ」
「なぜ、こんな物があるんですか?」
「話せば長くなるけれど、話さなきゃダメかしら?」
「ぜひお願いします」
「めんどくさいわね」
 ため息をついてユウカは過去の話をはじめた。
 遡ること25年ほど前、当時中学生だった姫野ユウカは秋葉蘭魔らと、少年少女探偵団を発足した。それがクローバー同盟だ。