小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

傀儡士紫苑 in the Eden

INDEX|5ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

「紹介状の提示と身元調査をパスした方しか依頼は受けない方針です」
「そこをなんとかなりませんでしょうか?」
 粘り強く受付嬢に迫るが、どうにも折れそうにない。
 田中は受付嬢から目を離し、天井の隅に取り付けてあるカメラに顔を向けた。
「某生命科学研究所の情報を手に入れられるのは、ここだけだと聞いてきたのですが?」
 答えはすぐに返ってきた。
 スピーカー越しに男の声が聴こえる。
《その人を通してあげて》
 おそらくこの声の主が真という名の情報屋だろう。
 受付嬢にドアを開かれ、田中は奥の応接室に通された。そこにはインテリ風の女性がソファの横に立っていた。
「秘書の倉敷と申します。どうぞ、そこにお掛けください」
 秘書に促されて田中は座り、すぐに向かいのソファに座る――というか浮いている丸い球体に目を奪われた。
 ソフトボールほどの球体にはカメラが内蔵されていた。
 噂どおりだ。
 真はクライアントの前にいっさい姿を見せないらしい。今、目の前に浮いている球体が真の代わり、真が操っているのだ。
 球体から声がした。
《生命科学研究所とは、カミハラの研究所のことかい?》
「そうです。とあるデータを入手していただきたいのです」
《仕事を請けるかどうかは、君の身元調査をしてからだな。名刺をいただけるか?》
 田中は名刺を差し出し、球体がスキャンを終えると、速やかに秘書が名刺を受け取った。
「少々お待ちください」
 と、秘書が言ってから1分ほど経ち、球体から声が聴こえた。
《20××年生まれ38歳、子供は二人か。身元に疑問はないが、生命科学研究所のどのデータが必要なのかい?》
「ウィルス情報です。脅威の再生力を人に与える代わりに、人を異形に変えるウィルスです。先日、帝都警察がマドウ区で感染者を捕獲したと噂があります」
《あれのことか、多くの企業がすでに動いているらしいな》
 すでにウィルスについてある程度の情報は握っているらしい口ぶりだ。
「過去にも同じようなウィルスが事件を起こしたらしいのですが、その過去について詳しい情報を手に入れてもらいたいのです」
《ならば生命科学研究所にこだわる理由はないように思えるが?》
「別にこだわってはいません。生命科学研究所以外からも情報を集めてもらいたいのですが、多くの情報を持っているのはあそこだと思います」
《調査はしよう。ただし、手に入れた情報を君に渡すかは、君の素性を詳しく調べたあとだ》
 真は言葉を付け加えた。
《もうひとつ、生命科学研究所のデータを手に入れられる可能性はゼロパーセントに近い》
「やはり帝都ナンバー1の情報屋でもあそこのデータを手に入れるのは難しいですか……」
 ナンバー1が手に入れられないのならば、ナンバー2以下は不可能に思われる。帝都は何事にも変動の激しい街だ。情報屋のランキングは常に変動する。その中にあって不動なのはただひとり、ナンバーワンの真のみなのだ。
 しかし、真は少し不快そうな態度をした。
《失敬だな。生命科学研究所のデータを手に入れるなど、眠っていてもできる。だが、現状では難しいだけだ》
「なぜですか?」
《数日前から生命科学研究所の全データが外部から遮断されたからだ。僕はネットワーク専門の情報屋だからな。人を介して情報を手に入れるのは得意ではない》
 人を介す情報収集が得意ではなくても、帝都ナンバーワンを不動にする。それはいかに今の時代がネッワークと密接に繋がっているかを現している。
「どうして外部から遮断されたのですか?」
《ハッキングさらたからだ》
「えっ?」
 田中は思わず驚きの表情を露にした。
 帝都ナンバー1以外にも、生命科学研究所にハッキングできる人物がいるとうことか?
《もちろんハッキングしたのは僕じゃない。足が付くような真似はしないからな》
 いったい誰がハッキングしたのか、真には心当たりがあるようだった。
《僕と対等に張り合えるハッカーはひとりしか知らない。ルシフェルというHNの人物だ。あの場所にハッキングできるのは僕かあいつくらいのものだろう。ただし、あいつの犯行にしては雑だ。あいつは僕以上に証拠を残さないタイプだからな》
 では別の人物がいるのか?
 ソファの横に微動だにせずに立っていた秘書が動いた。腕時計を確認したようだ。
「所長、次のクライアントがそろそろやってきます」
《そうか、では今日のところはお帰り願おう》
 田中は球体に頭を下げた。
「依頼の話、どうぞよろしくお願いします」
《依頼は請けんよ。調査はするがな》
「はい?」
《君の身元が怪しいからだ。君は3時間前に死んでいる》
「さすがは帝都ナンバーワン、もうお調べになりましたか。なら仕方ありません、では失礼します」
 田中は再び頭を下げて応接室をあとにした。
 オフィスを出た田中はしばらく歩き、突然糸が切れた操り人形のように崩れた。すぐ近くにいた人が脈を測るが、死んでいた。
 田中という男は、3時間前に死んでいたのだ。

 帝都ナンバーワンの助けは諦め、愁斗はいつもどおり自ら情報集をした。
 ルシファーというHNの人物は、サイバーフェアリーと同時期にネットを賑わした伝説のハッカーだ。ただし、サイバーフェアリーに比べ、世間での認知度は低い。なぜならば、サイバーフェアリーが大胆であり、クラッカー寄りであるのに対して、ルシフェルは自らの存在を公にせず、忍び寄る影のようにハッキングをするのだ。
 のちにサイバーフェアリーは帝都公安に逮捕され、その正体が明るみ出たが、ルシフェルの正体は未だに謎のままだ。
 キーボードを打つ手を止めて、愁斗は真っ暗な部屋で瞑想した。
 廊下を歩く音が微かに聴こえた。
 足音は愁斗のいる部屋の前で止まった。
 ノックの後に声がする。
「愁斗さん、お時間よろしいでしょうか?」
 伊瀬の声だ。
 静かに愁斗は瞳を開けた。
「はい、少し待ってください」
 愁斗は椅子から立ち上がると、部屋のドアを開けて廊下に出た。
 見上げた伊勢の顔は気難しそうだ。
「何のようですか?」
「帝都警察が麻薬の一斉摘発をしようと集会所に乗り込んだところ、大変な自体が起こりました」
「どんな?」
「あの新型ウィルスの巣窟になっていたそうです。加えて感染者全員がDNDの復元モデルに変身してしまったとか……」
 通常の異形と化した感染者よりも、あの妖女に変身した方が厄介なのは先の戦闘で証明されている。それもその場にいた感染者が、全員あの妖女になるとは、帝都警察も装甲車両を呼ばなくてはならないかもしれない。
 しかし、愁斗はこう考えている。感染者が妖女に変じた存在は、あくまでオリジナルではない、オリジナルの能力を持っていない。
 プレッシャーが違うのだ。はじめて遭った妖女と、二度目に出逢った妖女は各が違う。若者たちが踊り狂っていたあの場所にいた妖女こそが本物だろう。
 偽者の相手などしていられない。オリジナルのホストを一刻も早く探す必用がありそうだ。
 オリジナルを探すといっても、どこにいるのかわからない。まずは事件現場に向かうのがいいだろう、と愁斗は考えた。
「事件現場はどこですか?」
「マドウ区です。マップを愁斗さんのPCに転送しますね」