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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡士紫苑 in the Eden

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「ありがとうございます」
 礼を言って愁斗はさっそく部屋に引きこもった。
 代わって部屋から飛び出した紫苑が現場に向かう。

 マドウ区は女帝のお膝元とも云われ、魔導産業で栄えた街だ。
 外から魔導師たちの移民も多く、居住地区と産業地区に分かれている。居住地区の一角は魔導成金の屋敷が立ち並び、ゴシックやバロック建築などの芸術性に富んだ屋敷も多く見られる。
 紫苑がやって来たのはマドウ区がもっとも魔導区らしい場所。
 毒々しい紫や桃色の煙を立ち昇らせる煙突や、危険な香りを孕んだ空気。
 排水溝で弾けた気泡は悪臭を放ち、スライムに酷似したブラックウーズが溝から外に這い出す光景も見られた。
 この場所に魅入られる魔性は人だけはない。妖物もまたしかり。
 紫苑がやって来たのはマドウ区の北東に位置する場所だ。この場所は帝都中枢ミヤ区と住宅都市カミハラ区が隣接し、少し先には大都市ホウジュ区がある。マドウ区の入り口であることから、マドウ区特有の文化はあまり見られない。
 が、ホウジュ区、マドウ区、ミヤ区を結ぶ通称?HMMトライアングル?地帯であるこの場所は、犯罪率、妖物出現率が帝都でもトップクラスの場所だ。
 複数の銃撃音や小型マシンバルカンの連射音が聴こえた。
 場所は工事現場手前の二車線道路だ。
 工事現場からぞろぞろ出てくる偽妖女を相手に、機動警察が攻防戦を繰り広げていた。
 銃弾を妖女たちの身体を貫通するも、傷痕は一瞬にして塞がってしまう。
 陰から様子を窺っていた紫苑は、工事現場の中に入るチャンスを窺っていた。
 あの中から偽妖女が出てくるということは、その先に本物がいる可能性がある。
 たしかあの工事現場は数年前から廃墟と化していたはずだ。度重なる呪いにより工事が中断し、撤退した業者が売りに出したが買い手が付かず、今は反社会的な者たちが集まる溜まり場になっているらしい。
 銃弾の雨が降る中、紫苑が装甲車の真上を飛翔した。
 幾線もの煌きが奔り、偽妖女たちの肉体を切り刻み、血の海を紫苑は越えた。
 数え切れない銃弾を躱そうとするも、背中に浴びる銃弾の数は数知れない。それでも紫苑は先を急いだ。当たり所が悪くなければ問題はない。
 工事現場の資材を尻目に紫苑は建築中のデパートに乗り込んだ。
 湧き出る偽妖女をなぎ倒し、地下の駐車場を目指した。その場所から偽妖女が湧き出している。
 地下に鳴り響く紫苑の足音が止まった。
 偽妖女に囲まれて経つ妖女。プレッシャーが他の妖女とは違う。
「また会うたな」
 玲瓏たる妖女の声音。
 本物だと紫苑に核心させた。
 ならば紫苑は訊かなくてはならない。
「おまえに訊きたいことがある。蘭魔について……」
「憎き男……蘭魔。妾から片腕を奪い、屈辱を与えられた。妾は蘭魔に復讐するために現世に蘇ったのじゃ」
 生成しない片腕は類稀なる神技の成した業。傀儡士である愁斗の父――蘭魔が放った妖糸によるものだったのだ。
 因縁を感じた紫苑の口はおのずと開いていた。
「もし、私は蘭魔の血縁だと言ったらどうする?」
 妖女に戦慄が奔った。狂気に歪む般若の形相。怨みと怒りが、妖女の口元から鋭い乱杭歯を覗かせた。
「腸を抉り出し、全身の血を啜り、最後は八つ裂きにしてくれる!」
 妖女が従えていた偽妖女が一斉に紫苑に飛び掛る。
 紫苑はすでに見抜いていた。
 繊手から放たれる輝線は偽妖女たちの頭部を狙っていた。いや、性格には頭部ではなく脳だ。
 脳を破壊された偽妖女は生成プログラムを誤作動させ、ぶよぶよの肉塊へと変わっていく。最初に偽妖女と戦ったときと同じ現象だ。
 たちまち辺りは肉塊だらけになってしまった。
 立っているのは紫苑を妖女のみ。
「おのれぇッ!」
 狂気に腸を煮え繰り返す妖女は長い爪を向けて紫苑に飛び掛ってきた。
 動じぬ紫苑は一線を繰り出した。
 妖女の脳天から股に紅い線が滲んだ。
 次の瞬間、ずるりと妖女の躰が縦に割れたのだ。
 地面に崩れる妖女を見下す紫苑。
 しかし、まだ終わっていなかった。
 妖女は紫苑を見て割れた顔でニタリと嗤った。
 割られた躰の断面から細い繊維が伸び、絡まる繊維が二つの躰を結びつけた。
 そして、妖女は脅威の復活を遂げたのだ。
 斬られたのは着ていた服のみ。
 妖女は斬れた服を脱ぎ捨て、生まれたままの裸体を紫苑の前に晒した。
「妾を甘く見るでない。汝の業など痛くも痒くもない」
 紫苑の業が効かない。
 果たして紫苑に勝ち目はあるのか?
 そのときだった。
 静かな囁きが地下に響いた。
「シャドービハインド」
 刹那、紫苑は背後に気配を感じ、銃声が地下に木霊したのだった。

 銃弾を受けてよろめいたのは妖女だった。
 血を撒き散らす妖女の顔半分は悲惨だった。まるで銃口の大きいライフルを近距離で発射されたように、顔半分がぶっ飛んでいたのだ。
 銃を構えた男は紫苑の真横にいた。
 長く伸びた脚はレザーパンツに包まれ、薄手の黒い長袖はボタンを大きくはずされ、青白い肌が覗いている。その胸元に刻まれた十字の刺青。
 紫苑はこの男に察しがついた。
「……瑠流斗だな」
 紫苑の問いかけに青白い顔に浮かぶ紅い唇が囁いた。
「そうだよ。キミは?」
「……紫苑」
「ふむ、同業者か……」
 裏社会ではどちらの名も有名だ。
 二人が会話を進める最中、妖女の顔は再生の兆候を見せていなかった。吹っ飛ばされた断面は、蟲が奥で這うように蠢いているが、脅威の生成力は発揮されてない。
 妖女は残った口をガチガチと鳴らした。
「なぜじゃ、なぜ傷の治癒が遅いのじゃ!」
 吹っ飛ばされた顔半分は再生していないわけではなかった。少しずつ再生しており、人間の治癒に比べれば驚異的な速さだが、妖女が本来持っている治癒力には遠く及ばない。
 瑠流斗が悪戯に囁く。
「ボクが撃った弾は呪弾だよ。怨霊によって呪われた銃弾。この銃弾を喰らって再生するなんて、大したものだね」
 瑠流斗はゆっくりと銃口を下げて、腰のホルスターに銃を閉まった。その行動を見ていた紫苑が疑問を投げかける。
「なぜ銃をしまう?」
「ここに来るまでに敵が多すぎて、一発を残して全部撃ってしまったんだよ。なにか文句でもあるかい?」
「……いや」
「ならいいんだ」
 三人は自然と間合いを取って、正三角形を描いていた。
 これを2対1と数えるか、それとも1対1対1と数えるか……。
 正三角形の均衡を崩したのは瑠流斗だった。いち早く瑠流斗が仕掛けた。
「シャドービハインド」
 瑠流斗がコンクリの地面に?沈んだ?刹那、彼は妖女の影から這い出していた。
 唇が重なるほどの距離に現れた瑠流斗を見て、妖女が片眼を向いたのも束の間、武器と化した鋭い手が首を刎ねていた。
 瑠流斗の手刀に飛ばされた崩れ欠けの首は堕ちた。鈍い音を立てながらコンクリに落ち、3回転ほど転がって止まった。
 すでに紫苑も仕掛けていた。
 放たれた妖糸は肉を切り刻まずに、締め付けることにより妖女の首から下を拘束した。
 妖女の脚はきつく縛られ、両腕は胴から離れない。
 床に転がる半分の顔で妖女は苦虫を噛み潰した。
「心の臓さえあれば……」