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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡士紫苑 in the Eden

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 次から次へと乱暴に本を床に落とし、一番隅にあった本を出そうとして手が止まった。今までと違う感触がしたのだ。
 一呼吸を置いて、その本をゆっくりと手前に傾けると、どこかでモーターか歯車が駆動するような音が聴こえた。
 眼を見開いたアヤの前で、本棚が左に動いていく。
 そして、本棚の裏から隠し階段が現れたのだ。
 迷わずアヤは薄暗い階段を下りた。
 螺旋状の階段を下りていくと、その向こうから光が見えた。
 テーブルの上に火の点いたランプが置かれている。つまり、近くに人がいるということだ。
 しかし、人の気配はどこにもない。
 テーブルの上には、用途のわからない物が置かれていた。
 理解できる範囲の物はフラスコやビーカーなどの実験器具。
 なにかの研究をしていたとも考えられるが、アヤは台に置かれているモノを見て不快感を顔で表した。
 台の上には息をしていないようすの小動物が置かれていた。解剖実験でもしそうな感じだが、その類のメスなどの器具はなく、代わりに小動物の下には円形の紋様が描かれていた。不気味さを感じずにはいられない雰囲気だ。
 他にも部屋の中にはいくつかの箱があった。
 それが柩だと気づいたアヤの背筋を冷たい風が撫でた。
 柩の数は三つ。
 この中に車のトランクから消えた屍体が?
 そう考えた途端、アヤは自分が柩に入っている映像が瞼の裏に浮かび、躰を震わせてゾッとしてしまった。自分もこの中に入れられる運命かもしれないと考えてしまったのだ。
 アヤは震える手を抑えながら柩の蓋に手を掛け、ゆっくりと蓋を横にずらした。
「ィヤッ……」
 思わずアヤは小さく叫びを漏らしてしまった。中で全裸の女性が眠っていたのだ。だが、よくよく見ると、それがヒトではないとわかった。
 肌の質感は人間そのもの、姿かたちも本物から型を取ったように精巧にできている。よくできてはいるが、関節の繋ぎ目に線がある。作り物の人形だ。
 等身大の人形を柩になんて……と、アヤは思い、ハッとして脳裏にアリスを浮かべた。だが、思いついた疑惑も、そんな馬鹿なと思い直した。
 残る二つの柩を開けてみたが、やはり中には人形が入っていた。
 他の物を探そうとアヤは辺りを見回した。
 点いたままのランプがあるのに、人の姿が見当たらない。
 もしかしたら、まだ隠し扉のような物があるのかもしれない。
 アヤは部屋の奥にある大きな鏡に惹かれた。
 高さは二メートル以上、横幅はアヤが両手を広げたくらいある。
 何気ない気持ちでアヤが鏡に触れた瞬間、その手が鏡の中に吸い込まれ、倒れるようにして鏡の中へ入ってしまったのだった。

 倒れたアヤは自分が乾いた大地に横たわっていることに気づいた。
 ここはどこだと思考を巡らすよりも早く、恐ろしい呻き声がアヤの鼓膜を振るわせた。それもひとつではない。多くの餓えた獣のような呻き声が、そこら中から聴こえてきたのだ。
 すぐに立ち上がろうとしたアヤの前に、赤黒く大きな影がのしかかってきた。
 鋭い牙を剥いた怪物がアヤに噛み付こうとしていたのだ。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
 甲高い叫びがあがり、首が落ちた。
 アヤの首ではない。
 鬼のような顔をした怪物の首が、不可視のなにかで斬られ、地面にずり落ちたのだ。
 真っ赤な血が吹き上がる頭のない身体を、放心しながらアヤは見つめた。
 いったいなにが起きているのか理解できない。
 闇色の風が叫び声をあげながら吹き荒れ、怪物たちを喰らっていく。
 その中に見覚えのある二人がいた。
 世話しなく両手を動かす愁斗と、手から輝線を放つ仮面の女――紫苑。
 二人が群がる怪物たちと戦っているのは一目瞭然だった。
 愁斗が立ちすくむアヤに顔を向けて叫ぶ。
「地面に伏せて動くな!」
 愁斗の手が素早く動き、煌く線が宙に幾何学模様を描いた。
「傀儡士の召喚を観るがいい、そして恐怖しろ!」
 魔法陣の?向こう側?で〈それ〉が呻き声をあげた。
 あまりに恐ろしい呻き声にアヤは耳を塞いだが、その呻き声は脳に直接響き渡っているように躰の中を侵食した。
 〈それ〉の呻き声によって、地震が起きたように地面が激しく揺れ、石巨人がこの世に創り出された。
 地面の岩肌が盛り上がって形作った石巨人の数は五体。
 全長五メートルを超える石巨人の拳が風を唸らせながら横殴りに振られた。
 拳に当たった怪物たちはドミノ倒し式に倒せれ、気がつくと石巨人たちはアヤたちを守るように囲んでいた。
「今のうちに逃げるぞ!」
 愁斗が叫びながらアヤの腕を掴んで立たせた。
 引きずられるままにアヤは巨大な扉を抜けて、まるで夢が覚めたように現実に戻された。
 気がつくと、そこはあの隠し部屋だったのだ。
 アヤの後ろには鏡がある。
 この鏡が〈ゲート〉であり、あの地獄のような場所に繋がっていたのだ。
 そして、アヤは愁斗と紫苑が人間ではないことを思い知らされた。
 あんな場所で怪物たちと戦う二人を人間と言えるか?
 蒼い顔をしたアヤが紫苑に詰め寄った。
「いったい……あなたたち何者なの!?」
「紫苑に尋ねても無駄だ」
 鋼のような口調で愁斗は言った。
「紫苑には心がない。紫苑は人形なんだ」
 愁斗の口調は使用人としてアヤに接していたときとは違う。今の愁斗には感情の揺れが感じられた。
 紫苑の腕がゆっくりと上がり、その手が仮面に掛かった。
 眼を離せずにいたアヤの目の前で、紫苑は仮面を外したのだ。
 そこには顔がなかった。眼も鼻も口もない。のっぺらぼうの顔だったのだ。
「まさか……この人も……」
 言葉に詰まるアヤに愁斗が続ける。
「傀儡……人形だ。僕が操ってる」
「操るって……そんな……じゃあアリスも?」
「それは違いますわ」
 玲瓏な声が響き渡り、アリスが階段を下りて姿を現した。
「わたくしは〈ジュエル〉を持っておりますゆえ、自らの意思で考え、動くことができるのでございます」
 おもむろにアリスは上着を脱ぎ、ボタンを外してブラウスの前を全開にした。
 露になる小さな胸の真ん中には、蒼く輝く拳ほどの宝石があった。
「ここにある〈ジュエル〉は、わたくしの魂が結晶化したものなのでございます」
 アリスの言っていることはかろうじて理解できた。しかし、アヤの頭は混乱し、なにが真実で、なにが嘘なのか判断できない。
 アリスの胸に謎の宝石がある。その〈ジュエル〉が魂の結晶という話はわかったが、それを事実だとは受け止められない。
 愁斗はあの部屋の奥にある鏡を指さした。
「あの先にある世界を見ただろう?」
 アヤが無言で頷き、愁斗は話を続ける。
「僕はあの場所を〈地獄〉と呼んでいる。君が信じるかどうかはわからないが、あの〈地獄〉の最果てには僕の母の魂が捕らえられている。だから、母の魂を解放したいのだけれど、怪物たちが邪魔でなかなか先に進むことができないんだ」
「なぜ、そんなことを……?」
 疑問を投げかけるアヤに愁斗は憂う瞳で紫苑を見つめた。
「この傀儡は母の魂を入れる器なんだ。母の魂を加工した〈ジュエル〉を埋め込めば、母は黄泉返る……そこにいるアリスのように傀儡に魂が宿るんだ」
 とても信じられない内容だった。