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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡士紫苑 in the Eden

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 愁斗は踵を返して部屋を出て行った。
 その時間をアヤはとても長く感じた。部屋を歩き回り、愁斗が帰ってくるのを待つ。ただ、長く錯覚しているだけか、それとも愁斗が主人を説得するのに時間を要しているのだろうか。
 ドアをノックする音が聴こえ、愁斗が部屋に入って来た。
「お待たせしました――主人の紫苑様です」
 愁斗の後ろから部屋に入って来たドレス姿の女性の?顔?を見て、アヤは息を呑んで絶句した。
 やはり顔がなかった。
 しかし、本当に顔がなかったわけではなく、顔は白い仮面によって隠されていたのだ。
 白い仮面の女性――紫苑はアヤに会釈をした。
 やはり言葉はない。
 なんと言っていいのかアヤは困り果てた。会わせろといったものの、相手を目の前にしたら、なにをいっていいのかわからなくなった。
 絶句したままのアヤを置いて、愁斗が話しはじめる。
「口を利けないというのは嘘で、心を許した者にしか口を利きません。全ては顔に負った大火傷のせいです」
 仮面の下を見せろとまでは言えない。
 紫苑に会ったことによって、この屋敷の不気味さが増しただけだった。
「もうよろしいでしょうか?」
 と、愁斗は催告するように言った。
「紫苑様はお部屋に戻りたいそうです」
 紫苑はひと言も発していないが、愁斗が代弁した。
 アヤはなにも言えずに頷いた。とても話し合えるような雰囲気ではなかったし、目の前から?仮面?に早く消えて欲しいというのもあった。
 しかし、アヤはあることに気づいた。
「なにか腰の後ろに隠しているの?」
 愁斗は片手を腰の後ろに回していた。腰痛を患うような年齢でもないだろうし、今までそんな仕草をしていなかった。それに、なにかを持って動かしているような、微かな腕の動きを見せているのだ。
「いえ、なにも隠していませんが?」
 愁斗は隠れていた手を胸の前に出した。なにも持っていなかった。
 アヤの予想は外れた。ナイフかなにかを持っているような、悲観的なことを疑念を抱いてしまっていたのだ。
「それでは、御用がないのなら、私たちはこれで失礼します」
 愁斗は不気味な主人を連れて部屋を出て行った。
 屋敷を早く出たいという気持ちが強くなり、アヤは自分でも気づかないうちに爪を噛んでいた。
 苛々しながら歩き回り、アヤは窓辺で足を止めた。
 曇天は晴れる様子はないが、雨は小降りになっている。
 そうだ、屍体をどうにかするには今しかチャンスがない。
 アヤは急いで屋敷を出て、車を置いてきた場所に向かうことにした。
 玄関を出ようとしていたとき、真後ろから誰に声をかけられた。
 息を呑みながら振り向くと、そこにはアリスが立っていた。
「どこかにお出かけでございますか?」
「あの、車に大事なものを置きっぱなしにしていて、それを取りに行こうと……」
「それでは、そこの傘立てにございます傘をお使いください」
「あ、ありがとう」
 動揺している自分を抑えながら、アヤは傘を借りて玄関を飛び出した。
 傘を差してしばらく歩き、恐怖に駆られて後ろを振り向く。
 自分を怪しんでアリスがつけてきているかもしれないと思ったが、それは単なる思い過ごしで済みそうだった。気配もなにもしない。
 ぬかるんだ道に気をつけて歩き、車が見えてきたところで、アヤは叫びそうな声を呑み込んで車に駆け寄った。
 車のトランクが開いている。
 そんな馬鹿なことがあるはずがない!
 まさか屍体が自分で外に出たとでもいうのか?
 実はまだ生きていたとでもいうのか?
「……そんなはずない。あいつはあたしが殺したのよ」
 怨念を込めて呟いた。
 考えられる可能性を模索して、アヤは瞬時に結論を出した。
 あの屋敷の奴らが屍体を運んだのだ。それしか考えられない。
 慌ててアヤは屋敷に引き返した。

 玄関ホールにアリスの姿はすでになかった。
 それどころか、屋敷の中は人の気配がしない。
 今まで会った三人以外にも人が住んでいるのではないのか?
 それとも、屋敷が広いためなのか?
 これだけ静かだと、まるで廃墟のように不気味だ。
 息遣いを荒くしながらアヤはこの屋敷の主――紫苑を探すことにした。
 この屋敷全員がグルになっているか、それとも個人で屍体を運び出した奴がいるのか、それはまだわからないが、主人である紫苑を問い詰めるのがよいだろうとアヤは考えた。
 主人の部屋はどこか?
 目ぼしい部屋を探してアヤは廊下を進んだ。
 ――いた!
 廊下の先で愁斗と紫苑が歩いている。
 すぐにその後を追ってアヤは廊下を左に曲がった。
 曲がった先の廊下には誰もいなかった。
 辺りを見回すと、近くのある部屋のドアは左右に二つ。どちらかに入った可能性は高い。
 アヤは若干、自分との距離が近かった左のドアを開けた。
 部屋に入った拍子にインクの臭いが鼻を衝く。
 壁際に並べられた本棚と、座り心地の良さそうなロッキングチェア。どうやらここは書斎らしい。
 部屋の中心に立ってぐるりと周囲を見回していると、アヤの耳が微かな音が捉えた。それはモーターが駆動しているような音だった。
 小さな音でどこから聴こえているかわからない。
 部屋をゆっくりと歩き回り、音のする方向を探した。微かな音過ぎて、近づいているのか遠くなっているのか、はっきりしないまま、音はいつの間にか聴こえなくなくなっていた。
 音の発生源は別の部屋だったのかもしれないと思い、アヤは向かいの部屋に駆け込んだ。
 前の部屋よりも濃いインクの臭い。
 本棚は壁際だけでなく、部屋中に並べられていた。書斎ではなく書庫が適切だろう。この屋敷の主は随分と読書家らしい。
 書庫に入ったときからアヤは今まで感じなかった気配を感じていた。
 人が近くにいるのか、それともこの部屋になにかあるのか?
 アヤは本棚を観察した。
 分厚い皮の表紙の本。中を開いてみると、何語で書かれているのかすらわからない文字が羅列していた。頭が痛くなりそうだ。
 隣の本も取って中身を調べると、幹が枝分かれした樹木に数字や文字らしきものが描かれていた。これはカバラと呼ばれる秘術の秘奥を表したもので、セフィロトの樹と呼ばれるものであるが、そんなことをアヤが知る由もない。
 この書庫にある本のほとんどが魔導書の類であったのだ。
 書庫を少し歩き回ったが、ここには誰もいないらしい。
 アヤは部屋を出ようとドアノブに手を掛けた瞬間、ドアの手前に床の上を横に引きずったような跡を見つけた。
 横に入った跡はドアの手前を通り過ぎ、少し視線を延ばしたところにある本棚の側面に繋がっていた。床を引きずった跡は本棚の下まで続いていたのだ。
 その本棚に目を付けたアヤは力いっぱい本棚を横にずらそうとした。だが、いくら力を入れてもびくともしない。ただ重いだけなら揺れるくらいしてもいいものだが、全く微動だにしないのだ。本棚は固定されているように思えた。
 動いた痕跡があるということは、どうにかすれば動くはずだ。
 アヤは昔に見た二時間ドラマを思い出した。書斎の本棚に閉まってあった本のひとつが、本棚を動かす駆動スイッチになっているというもの。
 それを思い出したアヤは本棚の本を全て掻き出そうとした。