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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡士紫苑 in the Eden

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 愁斗の目はメルフィーナの不完全な美を見ていた。片方だけない腕。あれを斬ったのは愁斗の父。それも25年ほど前のことだ。
「僕の業は中学生のあの人すら超えられないのか……」
 地の底から音がした。
 竹やりの罠のごとく地面から突き出た根が愁斗を襲う。
 地面を横に転がりかろうじて攻撃を躱す愁斗。地面に付いたメルフィーナの足から根が伸びていたのだ。
 襲い来る根を断ち切り、捨て身の覚悟で愁斗は妖糸を放つ。
 先の尖った根が愁斗の太腿を貫いた。
 それと同時にメルフィーナの胴体は、肩から腰にかけて斜めに落とされていた。
 血の線を走らせながら、メルフィーナの上半身がずるりと滑り落ちた。
 しかし、やはり愁斗の業はまだ及ばぬ。
 傷口から伸びた触手のような襞紐[ヒダヒモ]が二つの体を繋ぎ合わせた。
 奥歯を噛みながら愁斗は太腿を刺した根を切り、根を抜かぬまま後ろに後退りをした。
 傷付き脚を封じられた愁斗の耳に通信が入った。
《愁斗クン、どうして召喚を使わないの!》
 カメラアイ越しに愁斗の戦いを見守る亜季菜の声だった。
 召喚――それは傀儡士の最高奥義。
 傀儡召喚はそこにいながらにして、時間と空間を超越し、超常的な力を持つ異界の住人をこの世に呼び寄せること。そして、〈それ〉を使役することができれば、あらゆる望みが叶えられると云われている。
「召喚は時と場所、僕の気持ちにも左右されます。今はできません」
 愁斗はそう告げた。
 たしかに召喚はいつでも自由にできるものではない。時と場所、地形や術者のフィーリングにも左右される。けれど、それは口実にすぎなかった。
 愁斗は斬る気でいた。
 なんとしても立ち塞がる壁を断ち斬らねばならなかった。
「もう逃げることもできぬか?」
 メルフィーナは瑞々しい脚を伸ばしながら、一歩一歩と愁斗に近づいてくる。
「血を啜り、骨の髄まで喰らってくれる」
 自由の利かない片足で逃げるのは不可能に思える。逃げる気もなかった。
 愁斗に漲る魔性の気。
 闇に属する魔性のもの。
 この一撃に愁斗は全神経を集中させた。
「――視得たッ!」
 渦巻く闇色を纏った妖糸が世界を断つ。
 渾身の一撃はメルフィーナの脳天から股間まで奔った。
「妾は何度斬られようと……ッ!?」
 異変を直ちに察したのは斬られたメルフィーナだった。
 血を噴出し躰は左右対称に崩れ落ちた。
 口も咽喉も半分にも関わらず、メルフィーナは魂の底から叫び声をあげた。
「妾は死なぬ!」
 メルフィーナの躰が枯れていく。
 その光景は止まっていた時間が突如流れたように、美しさの欠片もなく、干からび老婆のように、そして散り逝く。
 灰と化したメルフィーナだったものは、塵と化して夜風に吹かれて消えた。
 愁斗は地面に仰向けに倒れた。その瞳に星の輝きは映らない。汚れた宙[ソラ]は星の輝きを隠し、代わりに地上では文化の光が煌々と輝いている。
 屋敷の中から駆け出してくる足音は愁斗のすぐ傍で止まった。
「愁斗クン大丈夫!」
 心配そうな顔をして自分を覗き込む亜季菜に愁斗は、
「これでまた引きこもり生活に戻りそうです」
 と、皮肉を言った。
 太腿からは血が滲み出している。当分の間、まともに歩くことができないだろう。
 地上に降りたヘリから、普通の車椅子に乗ったユウカが愁斗の元にやってきた。
「早く愁斗クンをヘリに乗せなさい、病院に運ぶわよ」
 愁斗から視線を上げたユウカの瞳に映る十字の刺青。
「アナタが持ってるのは……!」
「箱だけさ」
 そこには銀色のケースを持った瑠流斗が立っていた。開かれたシャツからは十字の刺青が覗いている。穴はなかった。
 瑠流斗はケースを開けると、中に入っていた空のガラスケースを皆に見せ付けた。
 メルフィーナの心臓は消えていた。
 いったいどこに消えたのか?
 ユウカの視線に気付いたのか、瑠流斗は口元に付いていた血を舐め取って、この世のものとは思えない艶やかな笑みを浮かべた。
 それが消えた心臓の真相なのだろう。
 心臓を失ったメルフィーナは……。
 では、果たして愁斗の業は父の幻影を断ち切ったのか?
 それを語るものは誰もない。
 いつしか瑠流斗の姿も消えていた。

 復讐の朱(完)