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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡士紫苑 in the Eden

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 しかし、根はすでに動きを止めていた。
「養分を吸い上げる必用がなくなったというわけかな……それは不味い」
 メルフィーナの心臓が入ったケースはどうなった?
 目の良い瑠流斗にも、地面に落ちた小さなケースまでは見えなかった。
「……うっ」
 腹の中でなにかが蠢いた。
 再び動き出す木の根。
 手も足も動かない状況で、瑠流斗は口を使った。
 高音で吹かれる口笛の音色。
 月光に照らされた瑠流斗の影が獣を模った。長い毛を揺らす四つ足の影。瑠流斗が自らの影に飼っている闇獣[アンジュウ]だった。
 低く咽喉を鳴らす闇獣が地面を蹴り上げ、瑠流斗を拘束する根を噛み切った。
 黒血が根から飛び散る。
 唇に跳ねた血を舐め取る瑠流斗。
「毒気が多い……飲めたもんじゃないね」
 闇獣の活躍で解放された瑠流斗は地面に降り立ったが、崩れるようにして膝をついてしまった。
「血が足りない……」
 瑠流斗の腹に空いた穴からはまだ血が流れている。それでも普通の人間に比べれば、すでに血の流れは治まりつつある。
 貧血に視界を掠められながら、瑠流斗は襲い来る根を手で切り裂いていった。
 瑠流斗に手に宿る闇の爪と、闇獣の牙が根を爆砕していく。
 巨大な花が開いてしまったことを、瑠流斗は直感的に感じていた。けれど、向かっているのは別の場所。巨木に背を向けてメルフィーナの心臓を目指していた。
 瑠流斗がバトラーたちに追いつくと、彼等は背を丸めて地面を隈なく探していた。
 頑丈そうな門の向こう側からはユウカの喚き声が聞こえる。
「まだ見つからないの!」
 どうやら銀色のケースが紛失したらしい。
 車椅子は横倒しになってすぐ近くに転がっている。
 木の根もここまでは追ってきていないらしいが、ここは用済みだと考えたほうがいいかもしれない。心臓の在り処をもっとも感知できるのは持ち主だろう。
 懐中電灯も持たないで、暗がりで物を探すのは大変だ。
 それを見つけたのは瑠流斗だった。
「穴が空いてるね。残念ながら心臓は持ち主の元へ」
 地面には穴が空いていた。人が潜るには小さすぎ、ここから追うのは得策ではない。けれど2次元であれば追える。
「無理をしてはいけないよ」
 闇獣が瑠流斗の影を離れ穴の中に潜っていった。
 瑠流斗もそれを追う、地上から。
 行き着くところはわかっている。分岐して伸びる根は一つのところで結びつく。巨大な木の種子が地の底で艶笑している。
 腹の血は治まった。メルフィーナには及ばないが、ホモサピエンスに比べれば遥かに早い傷の治りだ。
 夜道を飛翔するように駆けながら瑠流斗はボソボソ呟いていた。
「……血が足りない……血が足りない……」
 視界が徐々に閉ざされていく。見えるのは宙[ソラ]に浮かぶ紅い輝き。
 木に近づくと踊る影が見えた。
 紅い花から伸びたメルフィーナが愁斗と戦っている。
 まだ熟していないのか、メルフィーナの脚は1本で繋がり、その脚は花の中心と繋がれたままだ。まるでへその緒に見える。
 愁斗の妖糸が花とメルフィーナの繋がりを断った。
 地面に落ちたメルフィーナは1本だった脚が2本に分かれ、地面の上に凛として立った。
 愁斗も瑠流斗も気がついた。
 本体からの供給を失ったメルフィーナは老いている。皺一つなかった肌が枯れていく。
 放たれる瑠流斗の怨霊呪弾。
 メルフィーナの頭部を吹き飛ばした。
 残された下半身は空気が抜けたように干からび、老い朽ち果てた。
 まだ生まれたばかりのメルフィーナは完全体ではないのだ。
 メルフィーナは今の1体だけではない。
 次々と襲い来る?雌しべ?を愁斗が落とす。そして、瑠流斗が狩る。
 花咲き乱れ、赤黒く染まる大地。
 香り立つ鉄の臭いに瑠流斗は頭が眩んだ。
「ちょっとキミ、ボク限界……」
 貧血で瑠流斗は前のめりになって地面に伏した。
 残された愁斗もわき腹を押さえる指の間から血を滲ませている。表情は鋼のように無機質だが、奥歯には力が込められている。
 花は全て落とした。それを確認してから瑠流斗も気を失ったのだろう。
 しかし、木はまだ生きている。
 新たな蕾が生まれようとしていた。
 元を断たなければ意味がない。
 愁斗の通信機にユウカから連絡が入った。
《愁斗クン、屋敷の中に非難してMフィールドを発動させて》
 上空を見上げると戦闘ヘリがこちらに向かってきていた。
 同じチャンネルに伊瀬の声が割り込んでくる。
《私がMフィールドを発動させます、愁斗さんは早く屋敷の中に非難をしてください》
「わかりました」
 愁斗の視界に瑠流斗の姿が入った。
 また枝が雨のように襲い来る中、瑠流斗を背負い愁斗は屋敷の中に避難した。

 両サイドにミサイルを装備したヘリは旋回しながら巨木を見下ろした。
「ぶっ飛ばしてあげなさぁーい!」
 操縦者に向かってユウカが合図した瞬間、1撃目のミサイルが巨木に向かって発射された。
 爆発に巻き込まれ木片と黒血が飛び散り、科学の炎によって巨木が燃え上がった。
 怨念の声が木霊する。
「許さぬぞ……許さぬぞ……」
 炎は黒く染まり、女の声がプロペラを回転させるヘリの中にまで響いた。
 燃え揺れる炎を屋敷の窓から見ながら、愁斗は屋敷に残ったメイドに応急処置をしてもらっていた。
 床には瑠流斗も寝かされているが、こちらの処置はどうしていいかわからない。腹に穴が空いているのだ。普通ならば手術が必要である。
 朦朧とした意識で瑠流斗は愁斗に手を伸ばしていた。
「血をくれないか……傷から流れている分だけでいい……垂れ流すのはもったいない……」
 疑念に眉を顰める愁斗の顔を見て、瑠流斗は言葉を続ける。
「血を吸ったガーゼでいい……」
 紅く輝く瑠流斗の眼は狂気を孕んでいた。
 外では2撃目のミサイルが発射されていた。愁斗の目はすでに外に向けられていた。
 焼きついて崩れ易くなっていた巨木は消し飛ばし、地面には巨大な穴が空いた。
 吹き飛ばされた地面の底で眠っていた種子が目を覚ます。
 そこに立つメルフィーナは、いつにも増して艶然と、愁斗の瞳と合わせて嗤った。
 まだ終わっていない。
 戦いに向かおうとした愁斗の視界に瑠流斗は入らなかった。いつの間にか瑠流斗は消えていた。
 玄関を出た愁斗の前に立ちはだかるMフィールド。
「伊瀬さん、フィールドの解除をお願いします」
 Mフィールドの消えた先で、妖女メルフィーナは愁斗を待ち構えていた。
「許さぬぞ……許さぬぞ……蘭魔!」
「……あなたは僕に倒されることによって、あの人の幻影に倒されるんだ」
「掛かって来い蘭魔、血祭りにあげてやるわ!」
 全速力で駆ける愁斗の手から閃光が奔った。
 伸ばされた妖女の手首が飛んだ。
 しかし、手首など飛んでいないように、そこにある手でメルフィーナは妖糸を掴み取ったのだ。
 以前よりも再生のスピードが早くなっている。
 メルフィーナに不可視に近い妖糸を引っ張られ、愁斗は思わず足のバランスを崩した。
 愁斗は地面に片手を付きながらも、残った手から妖糸を繰り出す。
 妖女の脚が飛ばされた。
 しかし、脚は最初から2本のままだったように、そこには脚があった。