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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡士紫苑 in the Eden

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 夜目が冴える瑠流斗の瞳には大地が枯れていくのが見えた。さらに自分に魔の手を伸ばす根が見え、瑠流斗は空中で身を翻すも、空中では体勢を変えるのが精一杯で、1本、2本で済まなかった根を避けきるのは不可能だった。
 狙いはわかっている。瑠流斗が抱えている銀色のケースだ。
「キミに一時的に任せる!」
 瑠流斗の手から投げられた銀色のケースをユウカが受け取った。
「この状況でアタシに――」
 ユウカの表情が凍りついた。
 空中で串刺しにされた瑠流斗の姿が眼に焼きついた。
 腹を貫いた根を伝い落ちる鮮血。
 瑠流斗はユウカに向かって微笑みかけた。
「痛いけど死にはしない、早く逃げないとキミのほうが死ぬよ」
 瑠流斗の言葉どおり、根は次の標的をユウカに定めていた。
 根は槍のようにユウカを串刺しにしようとする。
 瑠流斗はその姿を見ながらも、助けに助けられない状況だった。腹を突き貫かれ、手足には根が錠のように巻きついてしまっている。
 ユウカに出来ることはひたすら逃げることだった。
 電動車椅子の最大出力を出し、固定されているシートベルトと脚が軋む。
 ドリフトしたタイヤが枯れ土を舞い上げる。
 逃げるとしたら公道。つまりが屋敷の外だった。館の前には木の本体があり、引き返すわけにもいかず、正面門ならば運良く近くにある。
 外には機動警察が待機している。
 正面門が迫ってきたとき、ユウカは車椅子についたリモコンで門を開けようとした。
 だが、開かない。
「サイテーだわね」
 しかし、策がないわけではない。
 車椅子に仕掛けられていたギミックが作動し、側面から出たビーム照射機が門に向かって放たれた。
 爆発音と共に門の周りに煙が蔓延した。
 軽く咳き込むユウカが見たものは、無傷の正面門だった。
「さすがウチの門だわ。丈夫に作りすぎよ」
 後ろや地中からは根が迫っていた。同じ場所に留まっている暇はない。
「この機能使ったことがないけれど大丈夫かしらね?」
 一か八かの賭けだった。
 車椅子についた緊急脱出ボタンを叩き押した次の瞬間、ユウカの身体は花火のように宙に飛ばされていた。
「まさかこの機能を使う日が来るなんて思ってもみなかったわ」
 パラシュートを開きゆっくりと降下するユウカの身体は、屋敷の外に止めてあった戦闘車両の上に落ちていった。
 そして、ユウカはある重大なことに気付くのだった。
「あらん? な、ない!?」

 怪異は愁斗たちの目の前で起きた。
 捕獲ネットに絡まっていたメルフィーナが枯れていく。
 水分が抜かれ、老婆のように骨と皮になり、やがてひびが入り灰と化した。
「まさか偽者のはずが……」
 静かな驚きを口にした愁斗が窓に向かって走り出した。
 2階の窓から正面に見える巨木。
 無言で立ち尽くす愁斗の横に亜季菜が駆け寄ってきた。
「なにアレ?」
 紅い蕾が花開こうとしていた。
 淡く輝き艶やかに濡れる花弁が開かれる。
 甘い甘い匂いは閉まった窓のこちら側にまで香立ち、愁斗の横で伊瀬と亜季菜が微かな立ちくらみを覚えた。
 亜季菜の肩を支える伊瀬に向かって愁斗が託す。
「亜季菜さんを頼みます」
 あの木がいったいなんのかわからないが、蕾が開いて良いこと起きそうもない。現に窓越し魔気を浴びた二人が、微かな影響を受けてしまった。
 玄関を飛び出した愁斗は巨木を見上げた。
 蕾の先から白い息が這い出される。
 立ち込める甘い香りは胸焼けしそうだ。
 蕾を落とすか、それとも木を倒すか。
 愁斗の手が滑るように動くと、木の根元に紅い線が走った。血だ、木がどろりとした血を流した。
 血が流れた痕は瘤のように硬くなり、再生を遂げてしまっている。
 放った妖糸は向こう側まで達することはできなかった。
 射抜くような殺気が愁斗に向けられた。
 木の表面に空いた3つの穴がまるで目と口のように動き出した。
「蘭魔……蘭魔……」
 女の怨めしい声が愁斗の耳に張り付いた。
「僕は蘭魔じゃないと言っただろ。耄碌しているのか……」
 愁斗の目が蕾を見定めた。
 元を絶てなくとも、蕾ならば絶てるか!
 愁斗が妖糸を放とうとした刹那、枝が串刺しにしようと襲い掛かってきた。
「くっ……」
 已む無く愁斗は防御に徹する。
 襲い来る枝を斬りながら避ける。
 だが、しょせん愁斗の肉体には限界がある。傀儡と違い、生身では運動能力に限界があり、肉体で躱わし、妖糸で攻に徹することができない。攻は防と一体となり、敵の攻撃を防ぐので精一杯だった。
 雨のように降り注ぐ敵の攻撃に愁斗は苦戦を強いられた。
 二本の手で複数の攻撃を相手にするには、敵の攻撃以上に素早く身をこなす必然がある。もしもその片手でも攻撃の手を緩めれば、愁斗の命は危険に晒される。
 しかし、このままでは愁斗の体力が先に尽きる。
 愁斗の放った輝線が敵を外れた。
 躰を掠めた枝に愁斗のわき腹が血を噴いた。
 ついに愁斗が集中力を切らしたのか?
 違った。
 愁斗の斬った空間が唸り声をあげる。
 裂かれた空間の傷は轟々と咽喉を鳴らしながら、周りの空気を吸い込み広がっていく。
 どこを斬ってもよいというわけではない。正しい場所を斬られなくては、空間は断ち切れず、たとえ切れたとしても間違った場所に繋がれば己の命も危ない。
 闇色の裂け目から悲鳴が聴こえる。泣き声が聴こえる。呻き声が聴こえる。どれも苦痛に満ちている。
 見分けに時間がかかったが、愁斗は正しい場所を切り繋いだ。
「行け!」
 裂かれた空間から〈闇〉が狂い叫びながら飛び出した。
 〈闇〉は夜闇に忍び、声だけが耳に届いた。
 巨木の姿が消えていく。蛇のような〈闇〉に巻きつかれ、景色の夜に溶けていく。けれど目を凝らせば、やはりそこだけ没している。
 夜の中にあって、なお暗い闇色。
 愁斗は見た。
 紅い花が激しく輝いている。
「……しまった」
 〈闇〉が取り込まれる。木の表皮から〈闇〉が吸収されていく。
 花が咲く。
 早送りのように急速に花が開かれる。
 〈闇〉は糧となり、その成長を促進させてしまったのだ。
 紅い花の雌しべはヒトの形をしていた。
 華の中から生まれ出たものは、艶やかな裸体を晒す魔性の女――メルフィーナだった。
 今までの偽者とは各が違う。
 本物が生まれてしまった。

「ちょっとキミたち、助けてくれるとありがたいんだけど?」
 木の根に腹を刺され、天に突き上げられながら瑠流斗は平然としていた。
 瑠流斗が見下ろす先にいるのは、ユウカを追ってきたバトラーとメイドだった。
「申し訳ございませんが、貴方様はご無事なようですので、主人を助けに参ります」
 バトラーは無事と判断したが、腹を刺された姿は無事には見えない。
 会釈をして先を急ごうとするバトラーたちを瑠流斗が呼び止める。
「キミたちの主人なら、門の向こう側に無事脱出したよ、ボクは目が良くてね。ただね、彼女が持っていった銀のケースは門のこちら側に落ちている」
「ならば回収に急がねばなりません」
 やはりバトラーたちは瑠流斗を置いて行ってしまった。
「薄情な人たちだ」
 瑠流斗は腹を刺されているだけではない。手首足首も根に絡められている。