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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡士紫苑 in the Eden

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 瑠流斗は地面に開いた穴を覗きながら、関係のない話を愁斗に投げかけてきた。
「キミ、僕が今日あった二人に似てるね……匂いが」
「…………」
 愁斗は黙した。
 静かな夜だ。
 先ほどの戦いが嘘だったように辺りは静まり返っていた。
 その静寂はこの場ではなく、別の場から破られた。愁斗の耳に届く焦りの声。
《愁斗さん、奴が屋敷の中に侵入しました》
 伊瀬の声と共に走る音が聴こえる。
「Mフィールドを解除してください」
 返事は返ってこなかったが、Mフィールドは解除され、屋敷への道が開かれた。
 駆け出す愁斗の背中に、穏やかに瑠流斗が投げかける。
「ボクが何者かとなぜ尋ねないんだい?」
「あなたの名前は知っています」
「……なるほどね」
 艶やかに笑う瑠流斗。
 愁斗は内心では焦ったが、それを表情に出すことはなった。仮面を被ったように無表情のまま無言でいた。
 突然、現れた瑠流斗に対して愁斗はなにも尋ねなかった。それは2度も会っているからだ。相手が何者で、メルフィーナを追っていることも知っていた。
 瑠流斗がどこまで勘付いているかわからないが、紫苑、つかさ、愁斗に関連性があることは気付いているだろう。
 屋敷の中に入れたのはいいが、メルフィーナがどこにいるのかわからない。
「メルフィーナの心臓はどこですか?」
 通信機で愁斗は尋ねたが、返事は返ってこなかった。
 しかし、通信が切れている様子はない。微かに息遣いが聴こえるのだ。しゃべれない状況と考えたほうがいいかもしれない。
《そこかッ!》
 通信機から聴こえたのはメルフィーナの怒号。
 続いて、
《わっ!》
《ユウナ様お逃げ――》
《お姉ちゃ――》
《向こうへ!》
 多くの声が混在した。
《愁斗クン、2階よ!》
 最後の声はユウナの声だった。
 通信機だけに聴こえるその声を、なぜか瑠流斗も感知していた。
「2階だね」
 玄関ロビーの大階段を上る瑠流斗の背中を愁斗が追う。
 右の廊下から猛スピードで走ってくる車椅子の影。その後ろにはメルフィーナ。そのさらに後ろには複数の人影があった。
 愁斗が声をあげる。
「ユウカさん心臓をこっちに!」
「えいッ!」
 ユウカの投げた銀色のケースを取ったのは瑠流斗だった。
「ボクが預かるよ」
「アンタ誰!」
 と、声をあげるユウカに瑠流斗は魔性の微笑を浮かべた。
「殺し屋です」
 凄まじい形相でメルフィーナは瑠流斗に飛び掛った。
 瑠流斗の姿が自らの影に沈む。
 沈んだ瑠流斗が這い出したのは愁斗の真後ろだった。
「戦いはキミに任せるよ。ボクはこれの処理をする」
 逃げ出す瑠流斗を追おうとするメルフィーナの足止めを愁斗がする。
 愁斗の放った輝線はメルフィーナの両足首を切断した。
 バランスを崩して床に這いつくばるメルフィーナは、そのまま腕の力だけでジャンプをして瑠流斗の背後に飛び掛る。
 それを遮ったのは屋敷に仕えるメイドが撃った捕獲ネットだった。
「ナイスよ椿ちゃん!」
 ユウカが歓喜の声をあげた。
 この隙に瑠流斗が玄関を出て行こうとする。
 得体の知れない男に心臓を持っていかれるわけにはいかず、ユウカが車椅子を走らせる。
 エスカレーターなど使っている時間もなく、横幅の広い大階段を身体を上下させ車椅子で駆け下りた。
「待ちなさいアナタ!」
 一人で先走るユウカの後を追ってバトラーと数人のメイドが玄関を出て行った。
 2階の踊り場に残された4人。
 愁斗、亜季菜、伊瀬、そしてネットに捕獲されたメルフィーナ。
「おのれ、小癪な網じゃ!」
 憎々しく発し、メルフィーナは網を切り裂こうとしたが、まったく歯が立たない。
 伊瀬は眼鏡を直しながら網を見ていた。
「帝都の蜘蛛が吐き出す糸を寄り合わせて作られた糸ですね。これはその蜘蛛が吐き出す溶解液でしか溶かせません」
「ならこのまま研究所に直行ね」
 そう告げる亜季菜に愁斗は不服そうな目をした。けれど、口にはしなかった。

 瑠流斗を追う車椅子は自動車並みのスピードを出せる代物だ。なのに追いつけない。
「アイツ人間じゃないワケ?」
 もうすぐ瑠流斗は敷地の外に出そうだ。
 敷地の外にはすでに機動警察が包囲している。偽妖女が一歩でも外に出れば射撃の的になるだろう。彼等に瑠流斗の捕獲も任せるか?
 ユウカはケータイを手にとって、一瞬で考えを改めた。
 今から上に電話をしても、下に伝わるまでに時間がかかる。外にいる機動警察は思うように動いてくれないだろう。
 前方で瑠流斗が足を止めていた。
 嫌な音が聴こえた。怨霊銃弾が発射されていた。
 瑠流斗の前に立ちはだかっている偽妖女。まだ残っていたのだ。
 偽妖女を葬り立ち尽くす瑠流斗にユウカが追いついた。
「それ返しなさい」
「ボクが責任を持って処理をする。それではダメかい?」
「他人のアナタに任せられるわけがないでしょ。それは誰にも処理できないわ」
 すでに試した。
 切り刻んでも、焼いても、溶解液につけても、心臓は心臓の形を保ち、鼓動を打ち続けたのだ。そのため、仕方がなく屋敷の地下金庫に安置されることになった。
 心臓からメルフィーナの形が復元されないことから、心臓は独立した器官であることが窺える。それと共にエネルギーの源であることが、過去の戦いでわかっていた。
「ボクのほうがキミたちよりも、彼女たち一族について詳しいと思うよ」
「アナタなら処理できるってワケ?」
「方法はあるよ」
「?できる?とは言わないのね」
 方法はある。その言葉には続きがありそうな言い草だ。接続詞の?は?がなにを訴えている。
「鋭いねキミ」
「方法はあるけれど、なに?」
「失敗の可能性もあるってことさ」
「どんな方法よ?」
「あまり人前ではやりたくないね」
「ハァ?」
 ユウカは目を丸くして口をあんぐり開けた。
 いったいどんな方法なのだろうか?
 瑠流斗が耳をそばだて辺りを見回した。
「音がする……地の底だ」
 ユウカには聴こえなかった。
 理由は遠く離れていたせいだ。
 地に亀裂が走り、地の底から轟音と共に這い出た太い幹。
 何本もの枝は天に向かって折れ曲がりながら伸び、枝の先辺りに紅い蕾が芽を出した。
 蕾の先が小さく開くと、一瞬にして甘い香が辺りに漂い、むせ返るほどなのにもかかわらず、それはヒトを魅了する魔性の香だった。
 その木は屋敷玄関のすぐ近くに生えていたが、遠くにいるユウカにもその蕾が見えた。理由はその蕾が2メートル近くもあることと、その蕾が淡く輝いていたためだ。
 夜闇で輝くその蕾は、なんらかのエネルギーを持っているように思えた。
 瑠流斗の眼を細めて木の動向を眺めていた。
「不味いことになったね。栄養を蓄えたセルフィーナは木になった」
「ハァ?」
「次は花が咲き、子が生まれる」
「だって本体は屋敷の中に……」
「あれは抜け殻だったんだ。本物は地中にいた……そして、根はボクら真下にも」
 地中から突き出した尖った根の先が瑠流斗に襲い掛かる。
 ジャンプというより、天に飛翔するように舞い上がった瑠流斗は地を見た。