君が袖振る
そのことには変わりはない。龍介は土下座をしてでも拓史に謝りたい。
そんなオドオドとしている龍介に拓史が話し続ける。
「龍介、同窓会の夜のことはもう気にするなよ。瑤子のヤツ、昔からそんな風だったろ、アイツ時々何かに憑かれるんだよなあ」
「えっ、憑かれるって、そんなことって、現実にあるのか?」と、龍介は驚いた。
「ああ、瑤子の特殊技能って言うやつだな。だから今言ったろ、この間までの俺の女房、その特殊技能が嫌になってね、この正月明けに別れてしまったんだよ」
龍介は、拓史が言う瑤子の特殊技能がどういう特殊技能なのかよくわからない。だが拓史の言い回しでいくと、瑤子はまるで雌狐だとでも言いたげだ。
龍介は、「拓史は、それが嫌になって離婚したのか」、そんなことをぼんやりと考え、そのためか後の言葉が出てこない。一方拓史の方は話しが止まらない。
「さっき龍介が話した物語で、瑤子が、このキスは誰へのキスと聞いてきたんだろ。それでお前は、瑤子を気遣って、沈黙しちまったんだよなあ・・・・・・それって多分お互いに、男としては、半分合格で、半分失格だよ」
拓史がどんどんと先へと話題を進める。龍介はそのテンポに乗せられてしまったのか、「そうか、半分失格か、やっぱりあの時、瑤子にはっきりと伝えるべきだったのかなあ。そのキスは婚約者の那美子へのだと」と後悔する。
それを聞いていた拓史が、「男は、どんな場においても、愛する人はこの人だと言い切るべきなんだよ」と偉そうに語った。「じゃあ、拓史はそれを実行してきたのか?」と龍介が突っ込むと、「だから、俺もできなかったから、お互いに半分合格って言っただろうが」と居直った。
二人のこんなやり取りが止めどなく続くが、そんな中で、ほぼ全体像が龍介には見えてきた。
そして、龍介は確信した。婚約者の那美子が紫野となり、小説・「君が袖振る」を書き、投稿したのだと。
しかし、龍介にはまだ疑問が残っている。
なぜ那美子が紫野という仮面を被り、そんなことをしたのだろうか?
その上に、最後の紫野のメールでも、まだ綾乃に成りすましている。
そこでは、「もっともっと私に袖を振って頂戴」と言い、「これが、綾乃からの十三年経っての恋文返しです」と最後を締め括っていた。