君が袖振る
龍介はそれを聞いてドキッとした。そして黙り込み、暫く考えた。
龍介には婚約者の那美子がいる。
後三ヶ月もすれば結婚し、那美子と共に人生を歩んで行くことになる。
しかし、なにか不思議な力に導かれて瑤子に熱いキスをしてしまった。
またそこにたとえ綾乃が隠れていたとしても、これは那美子への背信行為だ。龍介に自責の念が湧いてくる。那美子に申し訳ない気持ちで一杯だ。
そして今、強く思うのだ。
高校時代からの綾乃への恋心、それにきっちりと終止符を打っておかなければならないと。
しかし、たとえ瑤子とはこんな成り行きで、キスをしてしまったとしても、「誰へのキスなの?」の答は、今瑤子に告げられない。
それを言ってしまえば、瑤子に対して最大の侮辱となってしまう。
龍介はじっと沈黙を続ける。
そんなじれったい龍介に痺れを切らせたのか、瑤子が言う。
「もういいのよ、龍介君。私途中で、龍介君は今誰へのキスをしているのだろうってね、わからなくなったものだから・・・・・・それは私ではなくって、そう、綾乃でもないわね。他の誰かさんなんでしょう」
龍介はこれに対し、「うん、まあなあ」と煮え切らない。そんな龍介に瑤子はぽつりと呟く。
「みんなを気遣ってるのね。だけど、情と愛とは違うのよ」
瑤子はそんな言葉を残して、さっさと会場の方へと走り去って行ったのだった。
龍介は立ち去って行く瑤子の後ろ姿を目で追いながら、何が起こってしまったのかが理解できない。
それでも、こんな出来事のあった同窓会、充分な盛り上がりの中でお開きとなった。
そして、龍介はいつもの独身生活へと戻って行ったのだった。