君が袖振る
そんな魂の堰を切ってしまった二人の抱擁、そしてディープキス。
それがようやく終わった。
瑤子は元の瑤子に戻ったのだろうか、恥ずかしそうに俯き、じっと突っ立ったままでいる。
龍介もなぜそうなってしまったのかがわからない。そして、瑤子の涙がまた溢れ出てきている。
「瑤子、ちょっと化粧が崩れるかもな・・・・・・もう泣かなくていいんだよ」
龍介はそんなキザなことを言いながら、ハンカチを瑤子に渡す。すると瑤子はそれを受け取りながら、短く呟くのだ。
「うーうん、私・・・・・・楽しいの」
龍介はこの言葉を聞いて、血の気が引いた。
確かそれは、高校二年生の時だった。龍介と綾乃が知り合って間がない頃、綾乃が紫陽花を教室に飾ってくれた。
「ねえ、あれ、綾乃が?」
龍介がそれとなく聞いてみた。すると綾乃は、一言可愛く答えたのだった。
「私・・・・・・楽しいの」と。
綾乃への恋心。龍介にとって、この「私・・・・・・楽しいの」でイチコロだった。
そして、そこからすべてが始まったのだ。
しかし、瑤子はそんな龍介の戦慄を知らない。その白いハンカチを尖らせ、化粧を気にしながら涙を拭いている。
そして瑤子は、その後少し気が落ち着いたのか、龍介に静かな声でぽつりと聞いた。
「ねえ龍介君、教えて。今のキスは・・・・・・誰へのキスなの?」