君が袖振る
外は中とは違い、対照的に寒かった。そして、凍り付いたような青白い月が中天に輝き、辺りがその微かな月光に照らされている。
会場からはざわめきが漏れ聞こえてくる。
瑤子の涙がまだ止まっていない。
龍介はもう一度、「どうしたんだよ?」と静かに聞いてみた。瑤子はその零れる涙を拭き、低くて重い声で、龍介に告げたのだ。
「龍介君、知らなかったのね、綾乃はね、可哀想に一年前に他界してしまったのよ・・・・・・だから、綾乃はもういないの」
「えっ!」
龍介は耳を疑った。しばらく言葉が出てこない。
「龍介君、綾乃はもういないのよ」
瑤子は涙声で、悔しさを滲ませながら訴えるように言葉を繰り返した。
「綾乃はもういないって・・・・・・そうか、いないのか」
龍介は驚きと落胆の中で、一人瑤子の言葉を反芻した。そして頭の中は真っ白。
そんな龍介に、瑤子は腕を組んできて、凍った指を絡ませてくる。そして、龍介の耳元で、消え入るような声でそっと囁くのだ。
「綾乃が亡くなる前にね、自分の果たせなかった恋と夢、綾乃はこれお願いねと言ってね、ずっと書き綴っていた日記、その日記を私に託してきたのよ」
龍介は、これが一体どういうことなのか、すぐにはわからない。
しかしそんな時に、不思議に抑制できない高ぶりが押し寄せてきた。それは何か大きな力に誘導されているかのように。
そして龍介は、冷めてはいたが、瑤子のその柔らかい指の感触にまるで煽られたかのように、その絡められた指に、強く自分の指を絡め返すのだった。