君が袖振る
確かにこの一言が気には掛かるが、やっぱり那美子と一緒になりたい。龍介はそう思い、それ以降もまじめに交際を続けてきた。そしてプロポーズから半年は経ち、結婚を三ヶ月後に控える所まで漕ぎ着けた。
しかし実のところ、龍介には結婚するまでに、一つだけ決着を付けておかなければならないことがある。
それは心の奥底に、今も密(ひそ)かに眠る恋心。
龍介は那美子と一緒に人生を歩んで行こうと大きな決断をした。そのこと自体にまったく後悔はしていない。そして当然のことだが、那美子を一生愛し抜いて生きて行こうと思っている。
しかし、仄かに残る一人の女性への未練。これを終わらせてしまわなければならない。龍介は、そうしなければ、那美子に失礼だと思っている。
その一人の女性とは、綾乃。龍介の高校の同級生だ。
だが、その綾乃はほぼ一年前に亡くなってしまったと聞いている。もう現実にはこの世にはいないのだ。したがって、那美子との結婚に、いわゆる物理的な支障は何も生じないはず。
だから言い換えれば、それは心の問題なのかも知れない。
龍介は、綾乃への淡い思いとその死を、自分の気持ちの中で、どう決着を付けたら良いのだろうか。大袈裟だが、悩んだりもしている。
龍介はそんなことを心の片隅でモヤモヤさせながら、その日も休暇を利用して町へと出て来た。そして那美子と会った。