君が袖振る
龍介は、作者の紫野とこんなやりとりをした。
作家・紫野は、龍介の純愛物語がこの淡いラブストーリーとたまたま合致しただけだと言い放っている。
しかし、小説の中の登場人物、綾子は現実の世界の綾乃。
そして小説内の龍太は、自分自身の龍介。
また葉子は現実の世界の瑤子になって、すべてが合致しているストーリーだ。
「こんな小説が書けるなんて、明らかに、作家の紫野は綾乃でしかいない。そうに決まってるじゃん!」
龍介は思わずそう叫んでしまった。そして、もっと紫野を追求してみたくなった。
しかし、紫野の返信内容からすると、もうこれ以上の説明は望めないだろうとも思った。
そして、「今度の同窓会で、綾乃にこの小説のことを直に確かめてみるか」と呟きながら、ネット内投稿小説・『君が袖振る』を閉じた。
龍介にとって二回目となる同窓会、それが梅の花が咲く頃に、久々ではあるが開催されることになっている。
数えれば高校二年生の綾乃への初恋から十三年近くの歳月が過ぎ去ってしまった。懐かしさもあり、龍介はそれに出席することとしている。
そのため、ここはとりあえずその日を待つこととした。
正月からの雪の日々は終わり、その同窓会の日がやってきた。
龍介は、綾乃に会えるかと胸を高鳴らせて出掛けて行った。
前回出席した同窓会からは、もう三年が経っている。前回、綾乃は「私、子供できたわよ、どうお」と勝ち誇ったように話していた。そんなことが思い出される。
「そうか、綾乃は今、子供達からも手が離れ、ペンネーム・紫野で、ネット内で作家デビューしたのかなあ」
龍介はそんなことをぼんやりと思い巡らしながら、会場へと歩いた。
「それにしても、紫野は、世間でよくある淡いラブストーリーだとメールで返してきたが、明らかに俺達二人の恋物語そのものだよなあ。綾乃はそれを小説にして、世に出してしまうとは・・・・・・」
龍介は少し腹を立てている。
しかし、それに文句を付けるつもりはない。むしろ、綾乃は今でも自分のことを想っていてくれたのかと思うと嬉しいところもある。
そして、もっと応援もしてやりたい。
そんな素直な気持ちを綾乃に伝えたい。
いろいろなことが脳裏を過ぎって行く中、龍介は会場へと入って行った。