君が袖振る
なぜなら、綾子がペンネームの紫野を決める辺りが少し違うだけで、後はまったく、龍介が経験した綾乃との出来事そのものなのだ。
「この龍太って、まったく俺のことじゃん・・・・・・龍介が龍太で、綾乃が綾子になってるだけ、綾乃と俺しか知らないことが、小説になってしまっているぜ。と言うことは、これは絶対に、綾乃が執筆したということだよなあ」
龍介は一人ぶつぶつと言いながら、冷え切ったコーヒーを口に含んだ。それから更に、その小説を次へと読み進んでいく。
そしてその先には、高校二年生の修学旅行での出来事が書かれてあったのだ。
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綾子は、修学旅行で龍太と同じ班になった。しかし、イライラしている。
デートもしたし、ファーストキスまで龍太に捧げた。それなのに、龍太が煮え切らないし、かまってもくれない。
「龍太君が、もっと一杯袖を振ってくれたら、もっともっと面白くなるかもよ」
あの時、そんなメッセージまで送ったのに。多分、意外に恥ずかし屋さんなのかも。
だけどわからないわ、どうしてなの?
綾子はそんな苛立ちを紛らわせるために、手近にいた卓史を捕まえて、ベタベタと仲良くし出した。その上に、龍太への当て付けで、移動中の観光バスの中で綾子はマイクを取った。そして唄った。
それは、ラストダンスは私に。
「あなたの好きな人と踊ってらしていいわ」
そんな文句で始まり、「けれども、私、ここにいることだけ、どうぞ忘れないで」と続き、「私、ここで待ってるわ」と寂びに入る。