君が袖振る
しかし綾子にとっては、龍太は少しあか抜けをした所もあり、ちょっと気になる男の子だった。
だが龍太は、綾子の隣の席に座っているにも関わらず、綾子のことなんかを気にも留めていない様子だった。
綾子は、田舎の小さな中学校では何もかもトップで通してきた。そして選抜され、難関の入学試験を突破し、この高校に入ってきた。
それなりのプライドもあった。
綾子は知らんぷりを決め込んでいる龍太を、何とか自分の方へ振り向かせたいと思うようになっていた。
それは五月ももう終わる頃。
龍太がいつも通り授業中に、綾子の隣でゴソゴソと弁当を食べている。
綾子はそんな龍太に、そっと声を掛けてみる。
「ねえ、龍太君」
「うっ」
龍太は突然の綾子からの呼び掛けに驚いたのか、くわえたソーセージを、下を向きながらガツガツと噛み込んでいる。そしてそれを一気に飲み込み、教壇の先生には気付かれないように口を拭いている。
「何だよ、綾子」
龍太はえらく不満そう。
しかし、綾子はそんな龍太が面白い。今にも吹き出しそう。それをなんとか堪えて、龍太に尋ねてみる。
「龍太君て・・・・・・花は何が好き?」
綾子はそんなことを口にしてしまった自分が恥ずかしいのか、ぽうと赤面している。
一方龍太の方はと言えば、綾子からこんな意外な質問を受け、目をパチクリとさせる。そして後はきょとんとし、黙り込んでしまった。
しかし、その授業が終わる頃に、龍太が照れ臭そうに、一言ポロッと答えてくるのだった。
「紫陽花かな」