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てっしゅう
てっしゅう
novelistID. 29231
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大切な人 後編

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「いいえ、独り言です。治ることがあるって言われたから良かったと言っただけです」
「そうあって欲しいよ、俺が罹っても、お前が罹ってもな」
「はい、そうですね。あなたも意外に優しいのね」
「意外はないだろう。夫だからな」
「まあ、こんな時だけ都合がいいのね」
「気になる言い方だな・・・お前が考えているようなことはしていないからな。何度も言うけど」
「解ってますよ」
「本当か?」
「ええ・・・」

雄介の治療が始まっていた。首に出来たしこりはリンパ節が腫れていたのが原因だった。ガンはその向こうの顎の中に出来ていた。
抗がん剤の治療が進むにつれて食欲が落ち、身体のだるさが感じられるようになってきた。放射線治療では皮膚の表面だけでなく
口の中まで影響を受けて口内炎が幾つか出来るようになっていた。物を食べるときにこの炎症に触れて熱い物や辛い物なんかは
口にすることが出来なくなっていた。自然と食欲が落ち、食べれなくなっていたから痩せてきた。入院したときの体重から今は
5キロも減っていた。靖子が見たらきっと驚くだろうと雄介は見せたくなかった。

夫の勧めで人間ドックに入る決心をした靖子は考えて、雄介が入院している総合病院で受けることにした。申し込みに出かけて
受診日を予約しその足でナースセンターに行って雄介の病室を尋ねた。
「庄司雄介さんですね・・・口腔外科ですね。二号棟の五階になります。こちらのエレベーターで五階までお上がり下さい。その後は
ナースセンターで面会の都合をお聞きになって下さい」
「そうですか、ありがとうございました」
靖子は来るなと言われていたが、夫の話したことが気になってどうしても逢っておきたいと気持ちを動かされていた。
エレベーターが五階に着いた。直ぐ横にナースセンターはあった。
「あのう、庄司さんに面会したいのですが宜しいでしょうか?」
「はい、少しお待ち下さい。こちらにお名前ご記入していただけますか?ただいま聞いてまいりますので」
言われたとおりに名前を書き込み看護士に渡した。
「武田様ですね。ご本人からは面会謝絶のご希望が出ておりますので申し訳ありませんがお断りさせていただく場合もございますので
ご承知おきください」
「はい・・・」

直ぐに看護士は戻ってきた。

「では、廊下の突き当たり左側にある休憩室でお待ち頂けますか?直ぐに伺うと申し付かってきました」
「ありがとうございます。これ皆さんでお召し上がり下さい」
靖子は買ってきた菓子を担当の看護士に手渡した。
「困ります・・・一応受け取れないことになっておりますのでお持ち帰り願えないでしょうか?」
「では、病室の皆様にお分けいただけませんか?」
「そうですか・・・では頂かせていただきます。ありがとうございました」

形式的には付け届け廃止を謳ってはいたが、杓子定規には物事は運ばない。誠意ある届け物を断ることは気が引けるからであろう。
雄介が逢ってくれると言う事は奥様はいらっしゃらないと言うことになる。ちょっと安心した。誰も居ない休憩室で座って待っていると
パジャマ姿の雄介が入ってきた。
「靖子、わざわざありがとう。変わっただろうボクの姿」
「雄介さん、そんなことないよ。私には一人の雄介さんだから、気にしないで」
「すまん、心配掛けて・・・」
「元気出して!私のことは気にしないでいいから。私ね来週の月曜日にここで健康診断を受けるのよ」
「ここで?そうなの。どうしたの急に」
「うん、ずっと自分の身体を検査なんかしたこと無いから、50になったし受けてみようと思っただけ」
「僕のことがあったからか?」
「それもあるけど、思いつきもあるの。また月曜日にここで逢える?」
「月曜日か・・・夕方から妻が来るからそれまでならいいよ。何時に検診は終わるんだい?」
「半日ドックだから昼には終わるわ。食事済ませてからここに来る。1時ぐらいでどう?」
「1時だな、解ったよ。病院も退屈なところだよ。やること無いからね。雑誌読んでテレビ観て、後は寝ているだけ。
普通なら考えられないよ」
「お仕事はどうされているの?お店閉めているの?」
「パートさんが居るから大丈夫だよ。それに妻も休日以外は毎日手伝いに行ってくれているから」
「そう、奥様も大変ね。あなたのお仕事手伝って、家の事もやって、病院へも来て。私には出来ないことだわ」
「感謝しているよ。靖子だって旦那が入院したら同じように出来るさ。そういうものだ」
「そうかしら・・・そうよね、夫婦だもの」
「夫婦か・・・離れてしまっていると感じていても、こんなことがあると一番身近に感じる。不思議な関係だな。
好きとか、愛しているとか思うんじゃなく、必要な人って思えるんだ。こんなこと言うつもりじゃなかったけど、靖子も旦那さんの
こと考え直してみたらどう?ボクみたいに入院してから考えるってことにならない方がいいよ」
「雄介さん、もう私のところには戻らないって考えていらっしゃるのね・・・この入院でそうなってしまったのね」
「すまん・・・靖子のことは好きだよ。そのことに嘘は無い。けど、今必要なのは妻なんだ。解って欲しい。
まだあと三ヶ月近く入院治療をしなければならないんだ。必ず元気になって退院するけど、もう今までのような関係は
続けられない。それに絶対に助かるという保証も無いしね。迎えに行くって行ったけど・・・忘れてくれないか?」
「私には奥様がいらっしゃることを承知で初めた恋なのよ。夫に戻れって言われて、はいそうしますってなれないの。
夫には付き合っている女性が居るし、いまさら仲良くなんか出来ないよ。あなたを失ったら・・・一人で生きてゆく選択を
するわ。誰とも付き合ったりなんかしない。一人で暮らすの・・・そのうち孫も出来るだろうから寂しくなんか無くなる。
あなたは奥様と仲良くして。でも・・・私のこと忘れないでね!私は絶対に忘れないから」
「靖子・・・」
「あなたも元気になったからといってもう浮気なんかしちゃダメよ。もしそんなことが聞こえてきたら、奥様に言いつけるから
覚えてらっしゃい」
「そんなことしないよ。逢いたくなったら連絡するよ。逢うぐらいならいいだろう?」
「ダメ!そんな連絡してこないで。今のあなたの気持ちを聞いて決心したの。寂しくなんか無いのよ、あなたとの想い出を
大切に胸にしまって暮らすから。あなたの奥様のように私にもあなたは大切な人・・・なのよ」

雄介は翌月に手術をして入院から三ヶ月目に退院した。ガンの再発を心配しながらその後も異常はなく元気に回復した。
靖子は別れるつもりだったが、夫が頭を下げて女性と別れたと謝罪したのでその言葉を信じて一緒に暮らしていた。ただし、
寝る部屋は別々にしていた。夫婦というより同居人といった感覚で生活をしているようだった。
やがて美幸は結婚して子供をもうけ、靖子は毎日孫の世話に明け暮れる日が続いていた。10年が過ぎて靖子の中では雄介は
過去の人になっていた。逢うことも無かった二人は偶然にも最初に待ち合わせをしたデニーズで再会した。靖子が出かけた
帰りに立ち寄ったことで偶然は起こった。雄介は一人で来ていた。駅前で用事を済ませて帰ろうと思っていたら急に雨が降り出して
作品名:大切な人 後編 作家名:てっしゅう