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映画レビュー

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ジョン・フォード『静かなる男』


 人間の表層と深層の複層構造が印象的だった。ショーンはボクシングで対戦相手を殺してしまったという過去を持つ。そのことによる罪の意識や心理的な衝撃の記憶、自らを律する心構えなどが、彼の深層にはずっと流れている。
 一方で、彼は表面的には穏やかな「静かなる男」であり、メアリーと恋に落ちたり、その他の登場人物と会話をしたりして、表層には彼の暗い過去が直接的には現れない。彼の表層は音楽の高音部のようにめまぐるしく変化して流れていく。一方で、彼の深層(罪の意識)は音楽の重奏低音のように、特に動きを見せずに同じ音を鳴らし続ける。
 どんなときでも、彼の表層の下には彼の深層がある。彼が町の住民と陽気に会話しているときでも、その会話は暗い過去を抱えた人間の会話である。よく動く表層と余り動かない深層は、常に協不協の和音を奏でている。
 そんな彼の深層が激しい動きを見せるときがある。低音部が激しく動き出すのである。それは、彼が妻の兄から持参金を奪うためにふたたび拳を振るわなければならなくなったときである。彼の罪の意識による節制は動揺し、ついに彼は牧師に自分の過去を告白する。そのシーンにおいては、今度は彼の深層と表層が融合し、そこにはもはや単層構造しかない。
 この単層構造の緊張した薄さにおいて、彼は深層を変化させる契機をつかむ。深層は表層と融合することによって初めて自らを変容させることができるのだ。そしてショーンはふたたび拳を使うことを決意する。彼の深層が変容したのだ。

作品名:映画レビュー 作家名:Beamte