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鐘が鳴る前に

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「へえ、君、いじめられてるの?」
昇降口を抜けたところで背後から声がした。声を出すより先に振り返ってみると、そこには昨日の少年がいた。翔の後ろにピッタリとくっついている。
「お前、昨日の!!」
 叫ぶと同時に、周りの視線が翔へ傾く。それはいつものより幾分かひどい、軽蔑のまなざしだった。
 その理由を考える暇もないまま、翔は誰かに足で蹴られ、床に突っ伏した。その理由を考える暇もないまま、翔は正面から誰かに突き飛ばされた。
 またか。
「おいおい、しょーちゃん。一人で何叫んでるんですかぁ?」
 クスクスと嫌味な笑いを浮かべて、尻餅をついた翔の目の前に立つ。学校中でも有名な鈴本だった。
 大柄な少年はこれでもかという悪意を翔に突き刺している。
「あらら、上履きが見つからないの? 翔君。まるでシンデレラみたいですねぇ」
 周りに引き連れている数人と共に爆笑する。
 しかし、翔の頭の中を占領しているのはそれではなく、自分を突き飛ばした同級生と少年が重なっていることだった。
「な、なんで……」
「だから言ったでしょ、僕は天使って。誰にも見えないし、触れないよ」
「おいこら聞いてんのかよ!!」
 鈴本が翔の足を踏みつける。胸ぐらを掴まれ、息が出来なくなる。鈴本から煙草の匂いが漂ってきた。
「……っ」
 飽きたのか、鈴本は舌打ちをするといきなり手を離した。そして腰ぎんちゃくを連れて校舎から出て行った。
 サボるなら朝から学校に来なければいいのに。
 鈴本に絡まれるようになってから、翔の日課に新しく「上履き探し」が加わった。最初は恥ずかしかったり、見つからなかったときのことを考えたりして必死に探していたが、最近、奴らのパターンも掴めてきた。しかし、すぐに見つけると隠し場所のレパートリーを増やされるから、予鈴の鳴る5分前くらいに教室に戻るようにしている。
「夢、じゃないんだな」
 制服の埃を払いながら立ち上がった翔が小声で言う。
「うん」
 さも当たり前の様に笑う少年の体を、幾人もの学生が通り抜けていった。
「僕は、君以外には見えないし、触れない。もちろん聞こえもしない」
「壁は抜けられる?」
 少年が首を振る。
「それはできない。皆は僕を認識してないけど、僕にはこの壁がちゃんと見えてるから。意識的に通り抜けることは出来ない。目隠しでもされてたら別だけどね。」
 尚も不思議そうな顔で自分を見つめる翔に、笑いかけて続けた。
「逆に言えば、お互いを認識してる君と僕は普通の人間みたいなもの。握手だって出来るよ」
 翔は階段のゴミ箱に入っていた上履きを持ち上げ、中に転がっている画鋲を器用に取り出して履くと、教室に向かった。
 少年は授業中もちょこちょこ顔を出し、教師の話に真剣に耳を傾けることもあれば、翔にちょっかいを出すこともあった。
「ここ、いいね。たくさん本がある。知らないものばかりだったけど」
 そう呟いていたから姿の見えない時は図書室をウロウロしていたのだろう。
「そういえばさ、さっきあの大きな人が言ってた『シンデレラ』って何?」
 少年は一日中翔についてきた。登下校の道も、鈴本に殴られる時も。そんな時、決まって少年は寂しそうな、陰のある表情になった。
 家ではずっと翔の部屋にいた。ベッドで寝転がっていたり、本を読んでいたりと様々だったがいつも楽しそうにしていた。
 そして、寝る前には決まって言うのだ、
「ねぇ、チケット。買う?」
 と。
 両親が寝静まった頃に、2人でベッドに座ってたくさんのことを喋った。同年代と喋るのは実に半年振りで、少年が自分にしか見えない存在だとか、正体が分からないだとかは翔にとってちっぽけなことに過ぎなかった。
「シンデレラっていうのは、有名な童話でさ、継母にいじめられてた女の子が魔女の魔法の力を借りて王子様の舞踏会に参加するんだ」
 少年は途中でへぇ、とかふうんとか相槌を挟みながら話を聞いている。
「魔女が『12時になったら魔法が解けるから、それまでには帰ってきなさい』ってその女の子に言うんだよね。それで彼女は12時の鐘をお城で聞いて、急いで家に戻ったんだ。」
 鈴本が言っていたこともあながち外れていないのではないか、そんなことをぼんやり思いながら翔は語り続ける。
「王子は彼女を気に入ってたから『まだ帰らないでくれ』って女の子を追いかけるんだよ。でもそこにあったのは彼女がうっかり落としていったガラスの靴だけ。……あの時僕は上履きを履いてなかっただろ? だからアイツは俺のこと『シンデレラ』なんて言ったんだよ」
 話を終えた翔に少年が小さく手を叩く。
「そうなんだ。……ここは僕の知らないことばかり溢れてる。もっと色んなこと、知りたいなぁ」
 うつむき、自分の手をまじまじと見つめる少年。そして、
「翔はいじめられてるから過去に行きたいの?」
 独り言のように呟いた。
「うん、まあそんなとこ。今はこんなんだけど、前の中学では結構人気者だったんだぜ。それに、暴力振るう奴なんていなかった」
「でも、過去に行ったところでここにくる未来は変わらないよ」
 翔が少年に向き直る。
「今度はちゃんと、引越ししたくないことを母さん達に言う。あの時は適当にあしらったからいけなかったんだ。―――今度は、前の町に一人ででも残りたい」
 少年が苦笑いをした。
「そうだよ、こんなに苦しい思いをしてるんだ、これを使えばいいんだよ。ね?」
 少年は翔に例の白い紙を手渡した。手にとってよく見てみると切り取り線の様なものがついている。
「ここを切り離すと、すぐに過去に行ける」
 少年の白い指が切り取り線をなぞった。
 切り取り線がわずかに震える。
 手が止まる。
「ま、まだ時間はあるよな。今日はいいよ」
「どうして? 君の望む過去なんだよ、すぐ行けばいいじゃないか」
 少年の表情が少し険しくなる。
「これは、大きなことだから。ギリギリまで考えないときっと後悔する。今後悔しても遅いんだ。次後悔したら、俺は自分を許せないから」
 翔の決意がにじむ顔に捉えられた少年は下を向き、もう一度顔をあげた。
「そうだよね、普通はそうだ。ゆっくり考えてよ!」
 月に雲がかかったのだろうか。少年の顔が暗く見えた。

  ***

「翔、今日だよ」
 朝起きてまずそう言われた。少年の顔はいつもより真剣で、これが「夢」だなんてそれこそ非現実的に思えるほどだった。
「分かってる。夜には、決めるよ」
 今日はこのこと以外考えられそうになかった。恒例の上履き探しも忘れ、教室に入るときになって気が付いた。恥ずかしい、とも感じなかった。
 授業中も、昼ご飯の時も、ずっと考えているのに答えはでない。過去に戻る代償が何か分からない以上、簡単に決断を下すわけにはいかない。自分によっぽどのメリットがなければ。しかし、今を逃せばこのようなチャンスは二度と来ないだろう。こんな、誰に言っても信じてもらえないような出来事が自分に降りかかることなんて。
 焦れば焦るほど時間は空を切っていく。泡に似ている、と思った。じっと眺めているときにはゆったり、ゆらゆらと水面へ向かうが、いざ掴もうとなると途端に指を避けていく。自分をあざ笑うかのように水中を泳ぎまわる。
作品名:鐘が鳴る前に 作家名:さと