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青息吐息日記

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 木津信平は思案していた。
 自分を客観的に見ることは好きだけど、でも今は目の前の女の子をどうにかしてなだめなきゃいけない、と僕は結論づける。
 さっきから僕の部屋でティッシュペーパーを箱から出しては千切っている女の子は芝由香里ちゃんと言って、一応彼氏彼女の関係で付き合っているということになるけれど、お互いそんなつもりはまったくないし、そういう意味では僕たちはただのクラスメイトなのかもしれない。
 由香里ちゃんの表情は不機嫌そのものだった。
 理由は簡単だ。僕の兄貴が帰ってくるからだ。そしてすぐにまた家を出て行くからだった。
「こんなに好きなのに!」
 そう言って無心に、いや無心じゃないかもしれないから邪心に、ティッシュペーパーを千切る由香里ちゃんは、今日も茶色い髪をくるくる巻いてミニスカを履いて化粧バッチリ頑張っている。もちろん僕のためじゃない、兄貴のために。

 由香里ちゃんと初めて出会ったのは、僕はあんまり覚えてないんだけど高校に上がる春休みのときで、由香里ちゃんがこの田舎に引っ越してきた当日だった。うちの兄貴はなぜか由香里ちゃんちの引っ越し作業を手伝っていて、たぶんお人好しの気まぐれだろうけど、そんな兄貴を見つけて声をかけた僕と、頼りになる初対面の兄貴に何かと話しかけていた由香里ちゃんは、出会うべくして出会ったのだった……。というのは嘘で、僕は兄貴には気付いたけど一言も声をかけずに由香里ちゃんの家の前を自転車で颯爽と通り過ぎ、そのとき彼女も僕なんか眼中にも入らないくらい熱心に兄貴のことを目で追っていた、らしい。
 由香里ちゃんとは一年目は違うクラスで、というかその頃はまだ同じ学校にいるかどうかも知らなくて、僕は芝由香里という女の子のことは一切何も認識していなかった。(まぁ廊下をすれ違うくらいはあったかもしれないけど)一方、由香里ちゃんはそうでもなかったようだ。
 高二になって同じクラスになったとき、最初のホームルームで自己紹介をしたあと、休み時間にいきなり彼女に呼び出された。由香里ちゃんは、茶髪でまつげバシバシのいわゆるモテ系だけど、その辺の田舎ヤンキー的ギャルとは一線を画す雰囲気をまとっていた。
 つまりは恐かったのだ。
 温厚な性格で売っている僕でも、ビビるときはビビる。今思い出してもあのときの由香里ちゃんは恐かった。冷酷無比の鬼神のように見えた。もちろん言いすぎだけど。というか自分でもそのたとえはどうかと思う。
 まぁ今はそんな雰囲気に慣れたし、意外な一面も知ってるから大丈夫だけど、この一連の出来事がなかったら、僕は今でも由香里ちゃんみたいなタイプの女の子にビビりまくりだっただろう。
 話を戻すと、由香里ちゃんは定番の体育館裏、じゃなくて人気のない非常階段の一番下まで僕を連れて行った。近くに桜の木が立っていて、こわモテ系(強面じゃなくて、こわいモテ系の略だ)の不意打ちすぎる呼び出しという、理解しがたい現実から逃避しかけていた僕は、空気も読まず満開の桜に「きれいだなぁ」なんて感想をもらしてしまった。そんな僕の呟きは由香里ちゃんには聞こえなかったようで、ほっと胸をなで下ろしたのも束の間、彼女の桜色の唇からは、予想もしなかった言葉が紡がれた。

「付き合ってほしいんだけど」

 あぁなんだ、初対面でいきなりパシリ扱いされるだけか、よかったよかった、ふぅ、心配して損したぁ。

「好きなの」

「あんたのお兄さんが」

 きっと僕の脳は停止していた。だから、彼女の言ったことの100分の1も理解していなかったけど、そのときふわっと風が吹いた気がして、すると一枚の花びらが彼女のくるくるの髪の毛にくっついた。そのことに気付かない目の前の女の子は、少しだけ頬を染めていて、僕はなんとなく、かわいい、と思ってしまったようだ。

「いいよ」

 そして由香里ちゃんは、小悪魔っぽく笑ったのだった。

          *

「ねぇ聞いてんの? 信平くん」
 カーペットをコロコロ(正式名称は知らないけどあのコロコロするやつ)で掃除をしながら昔のことを思い出していると、いきなりお尻を蹴られた。別に痛くはない。
 どうやら由香里ちゃんはティッシュを千切りキャベツにするのをやめたらしい。賢明な判断だと思う。だってそんなことをしても僕の部屋のティッシュペーパーが減るだけだし、その出たゴミを掃除するのも僕だし、環境によくないっていうのもあるかもしれないけど、そんなことはともかく、僕には一つもいいことがないからだ。
 ゴミを生産することに飽きた由香里ちゃんはベッドにもたれかかりながら体育座りをしていて、あまりにもミニスカだったからパンツも見えてたけど、僕はできるだけ見ないフリをして、なおかつ言わなかった。由香里ちゃんのパンツは今まで何回か目撃したことはあるけど(もちろん事故みたいなもんで)、初めてモロに見えたとき軽い気持ちで忠告したら、近くにあったものを手当たり次第投げつけられて、最後には「しね!」なんて暴言まで吐かれて、僕は親切心から言ったのに、あんまりだ……と思った。何より「しね!」と言われたことがショックで、本当にあんまりだ……と思った。
 だから僕は言わない。もちろん、見ない。
「順平さん、いつ帰ってくるの?」
「メールではもうすぐ着くって」
「それさっき聞いてから、もう一時間経ってる」
「どっかで誰かにお節介かけてんじゃないかな」
 すると由香里ちゃんは、ひざを抱えて「いいなぁ」と言った。
「いいなぁ、その人」と繰り返す彼女を見ると、周りにはバラバラの白い残骸と丸まったティッシュが一つあって、その丸まったティッシュは少し湿っていた。ちょっとだけ化粧の黒いのとか付いてて、あぁ、僕はパンチラのことばっかり考えて馬鹿みたいだ、と思った。由香里ちゃんは泣いていた。

          *

 僕の兄貴、木津順平はお人好しだ。他人でも家族でも困っている人がいたら、自分の状況や能力なんか顧みずに、すぐに救いの手を差し伸べる。多少の無理もする。
 高校のとき、見ず知らずのいじめられている人を助けるために、2個上の先輩に喧嘩を売ったことがあった。本人はそんなつもりはないだろうけど、向こうは、下級生のくせに何言ってんだこいつってなって、結局5対1くらいの殴り合いまで発展する。そして、兄貴はたくさん怪我をしたけど、先輩たちに勝ったのだった。それから学校で尊敬される存在、一部では下手に手を出せない存在になって、次第に地位を確立していき、自然と人脈も広がる。
 兄貴は人助けのためにいろんなことに首を突っ込んでいるだけで、喧嘩はちょっとおかしいくらい強かったけど、暴力をふるうことについてはもちろん嫌っていた。そんな普通の木津順平を知っている女の子たちはわりとほいほい兄貴に惚れたし、舎弟っぽいのも何人かいるみたいで、高二の夏休みくらいからは家にいろんな人が来た。そして、そんな大勢の人間に慕われる兄貴のことを、中学生だった僕はなんとなく『恐い』と思っていたのだ。
作品名:青息吐息日記 作家名:瀬野あたる