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てっしゅう
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深淵 最上の愛 第四章

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「ハハハ・・・直ぐ?そうね、早いほうがいいわね」
「可笑しいですか?」
「いいえ、言い方が面白かったから笑っただけ。彼はたくましいからうらやましいわ・・・」
「何がですか?・・・ひょっとして?」
言いかけて朋子は真っ赤な顔になってしまった。

「純情なのね。そんな意味じゃないわよ・・・ちょっとはあるかもしれないけど、ハハハ・・・」
「絵美さん!からかわないで下さい・・・みんな笑っているじゃないですか」
「ゴメンなさい・・・じゃあ行くから、近く戸村の裁判があるからその時にまた来るね」
「戸村さんとやっぱりお付き合いされるのですね」
「運命よ。死ぬまで断ち切れないの・・・あなたもそのうち意味が解るようになるわ」
「絵美さんも幸せになってください。時々メールします」

振り返って庁舎を見上げた。これが最後になる感慨にしばし耽っていた。転勤してきてあっという間の出来事だった。こんなに早く辞任するとは思わなかったが、運命のいたずらか、神から与えられた時間だったのか戸村と抱き合った瞬間が甦ってきた。
「唇を重ねた瞬間に、私は警視正から早川絵美に変わった。翔太が自分の全てだと解った。無くしたものは出世やお金ではない。翔太との消えていた時間だけなのだ。これからゆっくりそれを取り戻せばいい。最低限の暮らしでも一生翔太と支えあって生きてゆこう、それが自分の生まれてきた意味なんだと強く心に刻んで、大阪を後にした。


戸村は府警の取調べに協力的だった。籾山は相変わらずだったが、自分が死刑になるのではないかという恐怖感から、心を閉ざすようになってしまった。

山中組の水島は戸村の逮捕を受けて、山中組長に若頭を辞任させてくれるように頼んだ。
「おやっさん、戸村のことで迷惑をかけました。責任とって辞めさせてください」
「水島、戸村は俺にとっても息子みたいなもんやった。あいつのことは忘れや・・・もう戻ってけえへんやろ」
「はい、わたしもそう思います。組の若いもんにしめしつけなあきませんから、若頭は辞任します」
「お前、自分でやれへんか?」
「何をです?」
「事務所や」
「分家ですか?」
「そうや。あんまりおおきいなると目が行き届けへん。何人か連れて行って、面倒見てやれ。金は出すから」
「おおきに・・・恩にきます」

水島は自ら水島組と名乗って神戸の東側、大阪寄りに事務所を構えた。一樹会は今回の事件で組長の小野田が共犯で逮捕された事情で一時、組を閉鎖していた。山中の頼みで数名の組員を水島は引き受けた。

事件が解決に至って検察は籾山を主犯として無期懲役、戸村を共犯として懲役10年、小野田を殺人教唆として懲役5年をそれぞれ求刑した。初公判で籾山は一部を認めたが、伊藤政則の毒殺については否認した。戸村は全てを認めたが、絵美が証言台で自分が撃ったとの発言に基づき殺人未遂は取り消された。小野田は全てを黙秘した。

公判後、判決までに絵美は留置所へ戸村との面会に訪れた。
「早川さん、こちらへお越しください」案内されて、戸村と面会した。

「元気?私は傷も治って元通りになったわよ。あなたに見せたくないぐらいに左側のおっぱいはつぶれちゃったけど・・・」
「絵美、すまない・・・俺なんかに構うな。自分の幸せを考えてくれ」
「もう、それは言わないで!私待っているから・・・何年でも。まじめに勤め上げれば早く出てこれるから。10年にはならないよ、弁護士さんもそう言ってくれた」
「うん、お前が居るというだけで、頑張れる。絵美が好きだ・・・愛してる」
「私も・・・愛してるわ」

アクリル板に手を差し出して二人は重ね合わした。ゴホン!と咳き込んだ監視官に気遣って、着席した。

大阪地裁の判決は、籾山が無期懲役。小野田が懲役3年、そして戸村は懲役5年と言い渡された。籾山と小野田は即刻上告したが、戸村は判決に従ったので一審で結審した。

二度目の面会のときに絵美は戸村から頼まれごとをされた。
「絵美、頼みがある」
「何?」
「横浜に叔父が住んでいるんだ。住所はここだ」
取調官に渡したメモを絵美は受け取った。
「叔父様なのね」
「ああ、そうだ。俺の事話してきてくれないか?」
「いいわよ。何をお話すればいいの?」
「俺の両親が残した遺産のことを確認してきて欲しいんだ」
「あなたの受け取った遺産のこと?」
「正確にはまだ受け取ってはいない。預けてあるんだ、叔父に。その金額と受け取る方法を確かめてきて欲しい。お前にやるから、預かって俺が出所したら使ってくれ」
「あなたの大切なお金じゃないの。あなたが使えばいい」
「なあ、結婚しよう・・・ここに居ても婚姻届にサインは出来る。絵美が承知してくれるならそうしたい」
「翔太!嬉しい・・・弁護士さんに相談するから。ありがとう、愛してる・・・」
「ああ、愛してる・・・」
また、ゴホンと咳払いが聞こえた。二人はくすっと笑って、元の位置に着席した。

2010年12月24日のクリスマスイヴの日に入籍しようと決めた。結婚記念日とクリスマス両方が毎年祝えるからだ。
絵美は朋子に自分と戸村が入籍をすることにしたとメールを送った。朋子からは、自分たちも来年春に挙式をすると返事が来た。そして、結婚したら府警を辞めて専業主婦になるとも書かれてあった。絵美は、それがいい、と返信した。

雪が降って来て寒いイブを迎えた。絵美が差し出した婚姻届の夫の欄に「戸村翔太」と書き込まれた。今日から、絵美は戸村絵美となった。挙式も祝福もされない結婚だったが、二人の思いは今を一緒に生きているというだけで十分だった。

世間の風当たりは冷たかった。実家に居ても影でこそこそ言われることが多くなった。刑事なのに犯人と仲良くするなんて・・・とか、捜査を遅らせて犯人を逃がそうとした、とまで囁かれた。父親は警察官と言う立場上非常に肩身の狭い思いをしたが、絵美が身体を張って戸村を守ろうとした行為には二人の真剣さが伝わったのか、何も言わなかった。母親から父が「絵美のことを悪く言う奴は人の気持ちが解らない奴らだ」と言っていたと聞かされて、嬉しく思った。

警察官としても男としてもそして父親としても絵美は尊敬出来る立派な人だと自慢に感じた。その話を収監中の戸村に話した。そして、横浜の戸村の叔父からいつでも弁護士の方からお金は貰えると聞かされていたことも話した。絵美は戸村が出てきてからどうして生活をしようか考え始めた。今は父親の勧めで警察学校の教官になっていたから、その収入だけで何とか暮らせるだろうと思えたが、自分が働いて翔太が居候をすることなど、彼が許せるわけがないだろうとその時が来たら辞任するつもりでいた。

年が明けて一通の招待状が絵美の家に届いた。それは朋子からのもので、森岡との結婚式に呼ばれたのだ。少し考えたが、お目出度いことなので出席に丸をつけて返信した。初めて結婚式に出席する絵美は、朋子の可愛い花嫁衣裳を想像した。そして、生まれて初めて公の場所へ着物姿で出席しようと母親に相談した。

「お母さん、朋子の結婚式に留袖を着てゆこうと思うの。貸衣装屋さん知ってる?」
「自分の着物作ったら。ちょうど良い機会よ」
「もったいないよ。着る機会なんてそうないから」