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てっしゅう
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深淵 最上の愛 第四章

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「警察です。ドアーを開けてください。返事が無ければ鍵をこじ開けて入るで!ええのか」
激しく扉を叩いた。
その音で下の階に居た森岡が駆けつけてきた。
「警部、ここでっか?」
「せやな・・・突破するで。ええか?」
「はい」
二人は息を合わせて思い切り足で扉をけってドアーをこじ開けた。

「近づくと、こいつを殺すぞ。離れろ・・・解らないのか!本気だぞ!」
「翔太くん、止めて・・・私はおとなしくするから。みんな、心配しないで、ちゃんと話して自首させるから」
「誰が自首なんかするものか!最後はお前を殺して俺も死ぬ」
「警視正!大丈夫ですか?戸村!いい加減にしろ。もう逃げられないぞ。話をしよう、落ち着いて・・・まずは警視正に向けている銃を離せ。条件はなんだ、言ってみろ」

「一つだけ答えろ。いいか、ウソはなしだぞ。絵美に頼まれてきたのか?」
「戸村、本部長の命令だ」
「何故、ここが解ったんだ?」
「警視正の携帯をGPSで捕らえていたからだ」
「GPS?・・・なるほど、そう言う訳か」
「答えたぞ。もう観念しろ。これ以上犠牲者を出すとお前も死刑になるぞ」
「うるさい!死刑になる前に死んでやる。お前らも道連れだ!」
そう、翔太が叫んだ瞬間、絵美は右手で翔太が自分の首にあてがっていた銃口を少し下げるようにして自ら引き金を引いた。

「ドーン!」と音がして、「うっ!」とうめき声に続けて絵美はそのまま倒れこんだ。

床に血飛沫が飛び、騒然となった。

「警視正!」そう叫んで森岡は戸村に飛び掛った。大柄の身体にひるむことなく、戸村は持ち前の空手で抵抗したが力尽きて抱きこまれて床に倒された。

「警視正!気を確かに・・・すぐ救急車が来ます。これぐらいの傷かすり傷ですよ」及川はそう言って励ました。
「警部・・・翔太くんを呼んで」
「はい、待ってください」

警部は手錠をはめた戸村を絵美の前に連れてきた。

「あなたが撃ったんじゃないのよ。私が引き金を引いたの。お願い・・・罪を償って・・・元の世界に戻ってきて・・・」そう言うと、意識を失ってうなだれた。
「絵美!絵美!死ぬな・・・死ぬな・・・」

戸村は本心でそう思っていた。
「戸村、警視正に万が一の事があったら、俺は許さんで。ええか、警察なんか辞めてもええから、お前を殺す。覚えておけ」
むなぐらを掴んで森岡はそうすごんだ。
「刑事さん・・・絵美を助けてください。お願いします」
「殊勝やな。どうしたんや?警視正とはどういう関係なんや?」
「どういうって・・・幼馴染です」
「お前やったんか・・・警視正の好きな人は。皮肉やな、こんな運命になるやなんて。警視正が可哀そうや。なんでまっとうに生きてけえへんかってん!アホ!」
「刑事さん、死んで償わせてください・・・頼みます」
「あかん!生きて償うんや。事件の全面解決と暴力団の壊滅がお前のするこっちゃ。警視正の気持ちに答えたかったら、そうせなあかん」
「俺みたいな下っ端が騒いでも組みは変わらないよ。必要じゃないかも知れないけど、時には役に立つこともする。あの震災で俺を助けてくれたのは、あんたら警察や役所の人間や無い。山中組の親っさんやった・・・息子のように可愛がってくれた。世間は被災した子供たちに何をした?親を亡くした子供たちに何をした?答えてくれ」
「戸村、そやから言うて何をしてもええのんと違うぞ。暴力団同士やからいうても殺しはあかん。関係ない人も巻き込まれるんや、結果的にな。俺たちや国に責任は無いとは言わへんけど、仕方ないやろ?あんなこと予想してたわけや無いから。みんなそれなりに頑張ってゆくしかなかったんや。不幸を背負わされた人も折るやろ。幸せになった人も居る。皆が納得する100%の行政なんてないんや。お前がそういうふうに考えるんやったら、改心して皆のために尽くせや、偉そうに言うなら」

救急車のサイレンが聞こえて絵美は神戸市内の病院へ収容された。幸い急所を銃弾が外れたので命に別状は無かった。しかし、左胸に大きな傷を残す結果となってしまった。女としてそれは取り返しのつかない傷になった。

戸村の逮捕から一月が経過していた。病院を退院した絵美は大阪府警に辞表を出すために出勤した。

本部長室から出てきた絵美を森岡と及川が出迎えた。傷が治ったとはいえ以前のようなきりっとした美しさは絵美から消えていた。当たり前に居る33歳の女性と変わらない様子に森岡はショックすら感じた。「この人が、俺が惚れた理想の女だったとは・・・」心の中に悲しい感情が流れた。

「及川さん、森岡くん、お世話になりました」
「警視正、辞めちゃうんですか?」森岡が聞きなおした。
「今、辞表は出してきた。もう警視正じゃないのよ。名前で呼んで頂戴」
「早川さん、ご苦労様でした。私はあなたのこと忘れませんよ。ここに来て何年経ったやろう・・・褒めてくれはりましたこと、一番の思い出になりますわ。感謝しています」及川はそう言いながら目頭を押さえた。
「警部・・・ありがとう。自分の信じる道を進んでください。あなたは尊敬される人材だから、後進の指導に力を注いであげてね。森岡くんは、将来がある。いつか警視正になって正義のために指導力を発揮してね。それから・・・朋子さんを幸せにするのよ。約束して」
「早川さん・・・元気でお体大切になさってください。朋子とは結婚します。これからどうなさるおつもりですか?」森岡は泣きそうになる自分を堪えて絵美に聞いた。

「そう!幸せにね。わたしは、しばらくは実家に居る。怪我が完全に治ったら、働くかもしれないけど」
「言いづらいですが、戸村のことはどう考えているんですか?」
「うん、裁判があるでしょ。私は証言台に立たなくてはならないから彼を最大限弁護するわ。罪を償って出所したら、私が身元引受人になるしかないの。それまでは、一人で待ってる」
「本当に愛されているんですね。あんな目に合わされたというのに」
「森岡くんには解らないでしょうね、わたしの想いなんて。でもいいのよ、刑事だったから戸村に逢えたの。運命の扉を開けたのは偶然じゃなく私の強い想いだったのかも知れないって・・・これからのことも変わらない気持ちで彼を待てるし、一緒に暮らしてゆけそうな気もしているの。ハンディーはあるけど、私も傷モノになっちゃったしね」
「そんな言い方止めてください!傷モノだなんて・・・名誉の負傷ですよ」
「名誉?森岡くん、自ら撃ったのよ。名誉なんかじゃない」

立ち話が終わって、絵美は事務官の朋子に会いに行った。

「朋子さん、お別れを言いに来たの」
絵美の顔を見ただけで朋子は泣き出してしまった。周囲に居た女性事務官の涙を誘った。

「警視正のことは忘れません。短い間でしたけど、大切なことを学ばせて頂きました。感謝しています」
「大げさね、堅苦しいことはなしよ。もう警視正じゃないし。絵美って呼んで。これからもお付き合いしましょう。女同士として」
「はい、絵美さん・・・絶対に忘れないで下さいね私のこと」
「もちろんよ。森岡くんとの結婚、応援してるわよ。幸せになるのよ。子供が出来たら教えて頂戴。見に来るから」
「子供ですか・・・はい、直ぐ作ります」