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鏡よ鏡よ鏡さん

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「君は、君自身という真実が何より怖いのさ。真実を知る恐怖、そして自分という真実を直視しなければならない恐怖。人間としては少々歪で、そして何よりも人間らしい恐怖だね」
 そう、私の虚像は言う。人間は普段、自分の姿を見慣れている。真実の姿を見慣れていると言ってもいい。しかし、その姿に恐怖するというのは、人としては間違いなく歪だ。
 だが、同時に、自分自身の直視することに対する恐怖は、人にしか意味の分からないものだからだろう。汚い自分を見たくない。自分はもっとこうあるべきだ。こんな筈じゃなかった。そんな自己嫌悪に近いもの――自己恐怖とでも呼ぶべきか、それを私は持っていた。
 だが、今、そのことを思い知らさせる。そして鏡は、笑う。
「そんなちっぽけなもんを怖がるほどに、君は小さな人間なのかな?」
 途端に、塩原を覆う霧と霞が晴れていく。空は綺麗な青空が広がっており、その青空を反射して、塩原は大きな『鏡』となる。
 目の前には私自身を映す鏡、そして、足元には私の中身を映し出す鏡が、それぞれ私を映し出していた。
 趣味もない、恋焦がれる人間もいない自分だ。心の中身というのはこんなに寂しくて、だだっ広くて、からっぽな風景こそ相応しい。
 そしてこの塩原は憧憬でもあった。私自身が憧れるその光景は空を映す『鏡』となっている。
「これが、君をここに呼んだ理由さ。自分を映し出す役割を持つ『鏡』が嫌いなくせに、君が憧憬するモノはこんな『鏡そのもののような光景』だ。矛盾はこの世には存在しないが、人の心の中にはその限りにあらず。面白いよね、人の心の中って」
 神秘と科学を両面を併せ持つ鏡。そして、その鏡が映し出す奇跡。私は奇跡に魅せられ、いつしか畏怖していた。そしてそれは、鏡の中に映る自分、そして鏡が映し出すよく分からないモノに対する恐怖というカタチで姿を現していた。
「君がこれまで自分自身と向き合う、なんてことをしたことはなかったのだろう? だったら、今からでも遅くないさ。鏡を見ながら、自分自身に問い掛けてみなよ。『これでいいのか』って――」
 その言葉は、間違いなく私の心臓を射抜いた。
「さあ、もうじき朝だ。そろそろ化け物との逢瀬も終わる。この悪夢から抜け出せる」
 そう言って、鏡は私の背後を指差す。そこには、あのボロアパートにある狭い洗面所の古びた戸が、ただぽつんと突っ立っていた。
「おはよう、そしてさよならだ」
 そう、私を気取った台詞で送り出し、鏡は砕けて消えた。

作品名:鏡よ鏡よ鏡さん 作家名:最中の中