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夕陽の色は再生の色 -01

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 聞きなれた声にふりかえった。が、声の主をさがしてはいなかった。
 甲田藍が子供のように手をふり、小走りにむかってくるのが見えた。
 「どうしたの?」
 藍は忍の顔をのぞきこみながらきいた。
 「だれかと待ち合わせ?」
 忍はなにもいわず、あたりを見回した。藍も一緒になってふりかえった。
 「だれかをさがしてるの?」
 「え?」
 忍ははっとした。藍のいぶかしげな顔が意識にあらわれた。
 「あ、ああ…… 彼女を待ってるんだけど、なかなかこなくって」
 「へえ。どんなひと? 美人?」
 「いや……」
 藍はくちびるをとがらせた。
 「美人というより、かわいいタイプ」
 藍はよしよしと、何度もうなずいた。
 忍はしげしげと藍のいでたちをながめた。ミニのスカートからのぞく、素足の白さがまぶしかった。
 「しかしまあ……」
 「なによお?」
 「かわいいからはくんだろ?」
 「なにそれ?」
 藍はきょとんとしていった。
 「どこ行く? とりあえず」
 忍はくちびるに笑みをうかべていった。本物の藍の顔を見て、女の子のことなどどこかへ行ってしまった。影のようにつきまとっていたのが嘘のように、あっさりと消えてなくなった。
 「ねえ、なに、それ?」
 藍が忍の袖をひっぱってきいた。
 「それって?」
 「かわいいからはくっての」
 「ああ。ゆりにいわれたんだよ。それより、どこ行く? こんな時間じゃファミレスくらいしかやってないけど」
 「とりあえずぶらぶらしよっか」
 藍は忍の袖をひっぱって歩き出した。
 「変?」
 藍が忍の顔をのぞきこんできいた。
 「なにが?」
 「このかっこ」
 藍がスカートの裾をつまんでいった。
 「べつに。脚がながいからいいんじゃないの」
 「似合う、とはいわないんだ」
 「似合う」
 「ふん。まあいいや。で? ゆりちゃんがどうしたって?」
 「でがけにさ、バイクにのっけてけってうるさかったの。そんな短いのはいてさ」
 「ふうん。制服でしょ? で?」
 「しかたねえから、部屋にメットあるからとってこいっていって、そのすきにソッコーダッシュしてきた。ぶっころしてやる! とかほざいてたな、あいつ」
 「あはは、あいかわらずね、ゆりちゃんも」
 藍は少年のように笑った。
 「のっけてってあげればよかったのに。そういうことなら、ちょっとくらい遅刻したって怒りはしないから」
 「バイクにのるかっこじゃねえよ」
 「そお? じゃあわたしもきょうはのっけてもらえないんだ」
 「べつに、中味がみえなきゃいいけど」
 「見られるの、いや?」
 「いや? って…… 見られたいのかよ」
 「でもゆりちゃんも似合うでしょ? ミニ。中学生なのに背が高くて、脚ながくて、おとなっぽくて。私服でスーツなんか着たら、美人秘書って感じ」
 「話をごまかすなよな」
 「ごまかしてなんかないよ。もとにもどしただけ」
 藍がひとをくったようなおどけた顔をしてこたえた。
 「似合うことは似合うとおもうけど、俺は女じゃないからなんでそんなみじかいのはくのかわかんねえよ。ちょっとかがめばパンツみえちゃうし、ほら、おまえみたいに、ちょっと風がふくとスカートおさえなきゃならないし。大変だろ? 露出狂の女じゃないなら。いちいちスカートに意識を集中してなきゃなんねえし」
 「そんなにまでしてなぜはくか? と」
 「そう」
 「それでさっきのになるわけだね?」
 「かわいいからはくの」
 忍はゆりの声色でいった。
 藍がけらけらと大笑いした。
 「全然似てねーっ!」
 「甲田もそうなの?」
 「まあ、そんなとこかな。いや?」
 「べつに。似合ってるからいいんじゃないの。たまにはったおしたいやつがはいてたりするけど。おまえがはくな! って」
 「いいじゃない。個人の自由なんだから。そのひとがいいとおもったら、いいの」
 「ま、そりゃそうだけど」
 藍はふっと微笑み、忍の腕をとった。





 店も開いてないのに、繁華街はひとであふれていた。忍と藍は人と人とのすき間をぬうように歩き、裏通りへとぬけた。
 「――でさ、あいつ、かっこもそうだけど、朝っぱらからへんな音楽大音響で聞いてさ、ハウスがどうだとか、ドラッグがどうだとかいうんだぜ」
 「変なのって、ゆりちゃん、なに聞いてたの?」
 「だからハウス」
 「だからジャンルじゃなくて、ユニット名とか、アーティスト名。もしくは曲名」
 「ヒュプノなんとかとかいうの」
 「それ曲名、アーティスト名?」
 「知らん」
 「ふーん」
 「知ってる?」
 「知らん。けど、ゆりちゃん、いいセンスしてるから、かっちょいいのはまちがいないね。だれかさんと違って」
 「だれかさんってだれだよ?」
 藍はなにもいわず、とぼけた笑顔でこたえた。
 「で、おにいさんとしては心配なわけね」
 「あったりまえだろ。ハウスはいいとしても、ドラッグがどうだとかいうんだぜ」
 「おとなびてるからなあ、ゆりちゃん。顔もからだも」
 「甲田とちがってな……」
 忍ははっとして、藍をちらと見た。
 「――って、ゆりがいってたな、いつだったっけ」
 「なにい! おまえがいってんだろ!」
 藍は忍のみぞおちにこぶしをふるった。
 「いてえ! 今マジはいったぞ。ゆりがそういったんだよ。藍さんとちがって、わたしっておとなだからって」
 「ゆりちゃんがそんなこというはずがない。わたしとゆりちゃんの仲をさこうとしてるな?」
 「マジだって」
 「大丈夫だよ。ゆりちゃん、中学生やってるけど、顔もからだも考え方もおとなだから」
 「いきなりシリアスにもどるな」
 「いや、マジで」
 「しかしなあ、ゆりがマジにドラッグなんかにうつつをぬかしたりしたら……」
 「わたしの店の客にクラブ通いしてるのが何人もいるんだけど、今度ゆりちゃんの写真わたして、この子がきたらおいかえしてって、いっといてあげようか。ゆりちゃんがどこのクラブ行ってんのかわかんないけど」
 「ああ。たのむ」
 忍が真顔でこたえた。
 藍は一瞬ぽかんとして、ふきだして笑った。
 「いきなり何笑ってんだよ?」
 藍はあわてて笑いをやめた。忍の顔は、冗談でいったんだけど、などととてもいえないほど真剣だった。
 「朝ごはん食べた?」
 藍が忍の腕に自分の腕をからませていった。
 「なんだよ、いきなり?」
 「食べた?」
 「くったけど」
 「いいなあ。自分ばっか」
 「くわねえと母親がうるっせえの」
 「いいなあ。自分ばっか」
 「おまえもくってくればよかっただろ?」
 「いいなあ。自分ばっか」
 「どうせ、寝過ごして、あわくって出てきたんだろ?」
 「わはは。米村君。ファミレスでも行こうか」
 「もうちょっと我慢すれば、もっと気のきいた店があくよ」
 「我慢で・き・な・いー!」
 藍がからだをゆらしながら、あまえた声でいった。
 「あいかわらずだだっこみてえなやつ」
 「だれが幼稚園児みたいな顔とからだと声だって?」
 「だれもそんなこといってねえだろ」
 「――ということで、ファミレスへ行こうか、米村君」
 「どういうことなんだよ」
作品名:夕陽の色は再生の色 -01 作家名:alaska