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夕陽の色は再生の色 -01

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 忍はなにもいわず、空になったコップをゆびさした。
 「もおっ」
 ゆりはコップにミルクをそそいでやった。
ふくれっつらのゆりが、急になにかふくんだような笑みをうかべた。
 「きょう、デートなんでしょ、おにいちゃん?」
 忍はコップをもってうなずいた。
 「……いやらし」
 忍はミルクをふきだし、むせかえった。
 「きったねえな」
 ゆりは顔をしかめながら、友美が投げてよこした布巾でテーブルをふいた。
 「な、なんだ、その、いやらしいってのは!」
 忍は袖でくちをふきながらさけんだ。ちらと友美の顔を見た。
 「べつに。藍さん美容師だから、休みは火曜日でしょ? おにいちゃんは普通の会社だから日曜日。今日みたいに有給で休むったって、たまにでしょ? ひさしぶりなんじゃないかなあって、さ」
 「夜あえるじゃねえか」
 「夜なんかあってないじゃない」
 「あってるの」
 「いつあうんだよ。わたしがかえってくると、いっつも家にいるくせに」
 「おまえが寝たあとにあってるの」
 忍はむきになっていった。
 「……いやらしい」
 ゆりが顔をしかめていった。
 「だ・か・ら、なんでいやらしいんだよ?」
 「そんな夜おそくあってるってことは、いかにも、そのものずばりって感じじゃん。まあ、そんな時間にあってるわけないけどね」
 「だから、あってるの」
 「嘘ばっか。こんなえっちな兄貴をもって、わたしははずかしいよ」
 「うるせえな。ちゅーぼーがそんな話、親の前ですな」
 「そんな話って?」
 ゆりはとぼけた顔できいた。
 「すけべとかいやらしいとかいったじゃねえか」
 「だっておにいちゃんえっちじゃない」
 「男はだれでもエッチだ」
 「いばっていうことのものでもないとおもうけど」
 「ああっ! うるさい! もお、この話はおわり! とっとと学校へ行きやがれ!」
 忍はからだごとゆりからそむけ、うらみをはらすかのようにトーストにかぶりついた。
 「わたしは知っている」
 ゆりは得意げにいった。
忍は無視してたべ続けた。
 「机の二番目の引き出しの奥にえっちな本とビデオがかくされてあるのを」
 忍は今にも飛び出しそうな目をして、あわてて胸をたたいた。
 「あはは。あせってる、あせってる」
 つかえたトーストをミルクでながしこみ、
忍はゆりをにらんだ。ゆりは全然こわくない、といったふうにへらへら笑っていた。
 「ふん。それがどうした。勝手にひとの部屋にはいるんじゃねえ」
 「へへ、ひらきなおってやんの」
 「べつに。さっきもいったろ? 男はみんなエッチなんだって」
 「みんながみんな、そうだとはおもわないけど」
 「ふふん。それはおまえがまだ男を知らないからだよ」
 「知ってるよ、男くらい」
 忍はまたもミルクをふきだした。ちらと母親の顔を見た。友美は忍の間のぬけた顔に大笑いしていた。
 「かあさん! 笑ってる場合じゃねえだろ? ゆりはまだちゅーぼーなんだぜ? いつまで笑ってるんだよ?」
 「ほらほら、鼻からもミルクがでてるよ。
まったく忍ちゃんは、おにいちゃんのくせに、いつまでたっても手がかかるんだから」
 友美が布巾で忍の顔をふいた。
 「それはさっきテーブルふいたやつだろうが!」
 忍は友美の手をはらった。
 「いくらからだつきはおとなとかわらないっていったってだな…… 高校生はゆるせてもだな…… 中学生でってのは、ちょっと……」
 忍はひとりごとのように、口の中でぼそぼそといった。
「なにいってるの? おにいちゃん」
 ゆりはわけがわからないといった顔で、ちらと母親に助けをもとめた。
 「大丈夫よ、忍」
 友美がにこりとしていった。
 「なにが?」
 「女の子は男のひとを知ると、雰囲気がかわるから。他人の子ならわからないかも知れないけど、娘の微妙な変化くらい、ちゃんとわかるから。まだ大丈夫よ」
 友美は自信たっぷりにいいきった。布巾でテーブルをふいてから、忍の腕をふいた。
 「だから、テーブルをふいたやつで俺をふくな」
 「ママもおにいちゃんもなにわけのわかんないこといってんの?」
 ゆりがきょとんとした顔で忍と友美を交互に見た。
 「おとなの会話だ」
 「おにいちゃんはかわいい妹のことを心配しているのよ」
 「してねえよ」
 「心配?」
 ゆりが不思議そうな顔で友美を見てから忍をちらと見た。
 「そう。心配」
 「なんで?」
 「心配なんかしてねえって。さ、もおこの話はおわり。かあさんははやく洗い物して。ゆりはさっさと学校へ行け」
 「ねえ? わたしの何を心配してるの?」
 「なんでもねえって。はやく学校へ行け」
 「忍はね……」
 「だあーっ!」
 友美が説明するのを、忍は大声をだして阻止した。
 「おにいちゃんのばか! えっち! 変態!」
 忍の抵抗は徒労におわってしまった。ゆりは満面真っ赤にして、たべかけのパンを忍に投げつけ、キッチンをとびだしていった。
 「なんだ、あいつ……」
 忍はつかんだたべかけのパンを見てから、母親を見た。
 「ひとのことはへらへらした顔でからかうくせに」
 「そういう年頃なのよ」
 「どういう年頃だ?」
 忍は首をかしげ、たべかけのパンをくちにほうりこんだ。





 忍はソファに寝ころがり、朝刊をひらいた。
 シャカシャカと耳障りな音がきこえてきた。目をむけると、ゆりがリビングのドアの前にたっていた。ヘッドフォンをして、全身でリズムをとっていた。
 忍は、うるせえな、とにらみをきかせた。が、ゆりはそしらぬ顔で忍のむかいのソファにすわり、テレビをつけた。
 忍は舌うちして朝刊に目をもどした。スポーツ欄の活字は目にはいってくるのだが、あたまの中にはちっともはいってこなかった。テレビからは軽薄さまるだしのレポーターのかんにさわる声がきこえ、カセットからもれる無機質な音とともに、忍の神経を逆なでした。
 「おい、ゆり! どっちかにしろよな!」
 忍は朝刊を音をたててにぎり、声をあらげた。
 ゆりはまったく気づいていなかった。上体をゆらしながら、時々笑みをうかべてテレビに見入っていた。忍はそれでもしばらくゆりをにらみつけていた。
 なんだかばからしくなってきた。忍はおおきく息をはきだし、朝刊をひろげなおした。
が、やっぱり耳障りでしょうがなかった。
 忍は朝刊をゆりに投げつけた。
 「いったあい! なにすんだよお!」
 ゆりが目をつりあげてさけんだ。忍はヘッドフォンをとれとジェスチャーした。
 「うるっせえんだよ。ヘッドフォンから音漏れするほど鳴らしやがって。ばかになるぞ」
 「こーゆーのは大音響できかなきゃ意味ないの」
 「なにが、大音響できかなきゃ意味ないの、だ。どっちかにしろよ」
 「いいじゃない。どっちも見たいしききたいんだもん」
 「音楽なんかいつでも聞けるだろ? テレビだけにしろよ」
 「だってこの曲好きなんだもん。これ聞かないと、一日がはじまらないの」
 「なにが、一日がはじまらないの、だ」
 「うるさいなあ。はじまらないんだからしょうがないでしょ? これ聞かないと超調子わるくなっちゃうんだから」
 「勝手に超調子悪くなってろ」
作品名:夕陽の色は再生の色 -01 作家名:alaska