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てっしゅう
てっしゅう
novelistID. 29231
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大切な人 前編

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「なるほど・・・人の歌を聞いて自分が好きになれそうな曲を探すって言うことですね?」
「そうですの。行きつけのお店があって、いろんな曲を聞き覚えましたから」
「じゃあそうしましょう。明後日の水曜日に早速出かけましょう。待ち合わせはどこにしますか?」
「急ですね・・・明後日ですか」
「いけませんか?来週でも構いませんが、早いほうが嬉しいです。待ちきれそうに無いので・・・」
「はい・・・私で構わないのですね?年上ですよ・・・それにきれいなんかじゃないし」
「謙遜を・・・運命だって言ったじゃないですか。こうしてお話しして逢えるだけで嬉しいんです」
「なんだかいけないことをしている気持ちが強いんです。気持ちが押しつぶされそうに感じる時があります。こうしてお話ししているだけでも。
水曜日はカラオケだけにしてくださいね・・・勝手言いますが」
「靖子さん、ボクと逢って苦しい思いをされるようでしたら、やめましょう。あなたに辛い気持ちになって欲しくないからです。
今日逢えただけで幸せでした。熊のぬいぐるみを僕だと思って可愛がってください。お願いします」

庄司はそう言って私に頭を下げた。何故だか胸がいっぱいになってしまった。しばらく言葉が出ずに時折庄司の目を見ながら
とんでもないことを口走ってしまった。

「ゴメンなさい・・・我がままを言いました。水曜日は何処でも構いません。文化会館の駐車場で10時に待っています」
「本当ですか!ありがとうございます。楽しみにしています」
「はい、私も楽しみにしています」

庄司の言葉は胸に響いた。本当に自分の気持ちを察していてくれているんだと感じたからだ。
夫への罪の意識よりまた優しくしてもらいたいと言う気持ちのほうが勝っていた。水曜日はどうなってゆくのだろうか、考えただけで
ドキドキする。初めて夫以外の男性と深い関係に発展して行きそうな予感がした。それは何を意味するのか、何をもたらそうとするのか
まだ解らない靖子であった。

夕方夫は二泊三日の旅行から帰ってきた。お土産を広げて微笑む顔はわざとらしく繕っているように靖子には見えていた。
もう今までの感情で見ることが出来なくなってしまっていた。何を聞かされても答えられても嘘だと感じてしまうからだ。
その夜、夫は求めてきた。もちろん応える気持ちはない。「そうか」と言い残して横を向いて寝てしまった。
きっと「俺はお前を求めているだけだ」そう感じさせたかったかのように寝姿から想像できた。もうなにもかも悪い方へそして、隠している
だろうと思う気持ちに変わっていた。

「あなた、今日は昔のカラオケ仲間と会いますので遅くなるかも知れません。美幸にご飯の支度頼んでおきましたからお願いしますね」
そう言って約束の水曜日は家を出た。
夫はまったく疑ってはいなかった。まさか貞淑な妻が浮気をするなどと思っても見なかったであろう。自分の欲求も応えることをしない
妻が他の男性を求めるだろうなんて及びもつかぬ事だったであろう。
「お母さん、ゆっくりと遊んできていいよ。お父さんのご飯はちゃんとやってあげるから」
娘の美幸は同じように疑うことも無くそう言って見送ってくれた。

良かったとか、安心できたとか言う感情は無い。今はただ逢いたいだけの気持ちになっていた。優しさに包まれて女を感じて居たい、そう
思えるのだ。不思議だと思うのは若い頃にもそういった記憶が無いのに今どうして庄司のことを考えるとそう思ってしまうのだろうかという
疑問だ。好きになってしまったのか・・・そうなのかも知れない。ダッシュボードに可愛く座っているぬいぐるみはいつも優しく微笑みかけている。
何か心の中に隠れていた感情が掘り起こされて、理性の扉を閉めてしまったように感じた。真新しい下着を身に着けてきたことも
無意識の中でそうなっていた。期待している訳では決して無い。夫にもそうした感情は一度も無かった。晩生でされるがままになんの不満も
感じなかった自分が・・・である。

平成9年10月の第三水曜日午前10時・・・文化会館の駐車場に靖子の車は入ってきた。
先に来ていた庄司は黒いクラウンに乗っていた。ドアーが開いて靖子を見つけると降りてきて、助手席を開いて座るように手招きした。
「おはようございます。お邪魔します」
「おはようございます。今日はスカートなんですね・・・きれいな足だ」
「イヤですわ・・・見ないで下さい、恥ずかしいです」
「すみません、つい・・・じゃあまずはコーヒー飲みに行きましょうか?」
「今日は遅くなっても構いませんので遠出しませんか?」
「そうですか!じゃあ、海が見える場所までドライブしましょう」
「いいですね、楽しみです」

駐車場から出た庄司の車は快適に高速道路を走りインターを降りて海岸線通りに出た。この季節海水浴場に人気はない。
車を駐車場に止めて外に出た。日差しは強かったが秋の風が心地よく吹いている砂浜であった。松林がある木陰のベンチに
誘われるようにして座った。

「靖子さんは変わったね。初めて逢ったときに比べて」
「そうかしら・・・そうかも知れないわね」
「何かあったの?言わなくてもいいけど、心配事があるなら聞かせて。役に立ちたいから」
「ありがとう・・・ご心配なく。それよりあなたのこと聞かせてよ」
「たとえば?」
「奥様の事、恋愛結婚なの?きれいな方?お幾つなの?」
「靖子さん・・・今は答えたくない。キミと二人でいるんだよ。ムードが壊れるじゃない」
「ずるい・・・逃げてる」
「そんな風に言わないで。ボクはご主人の事は聞きたくないから、同じように靖子さんにも妻の事は聞いて欲しくない。
何も変わらないんだから」
「そうよね、離婚してなんていう話じゃないわよね。こうして逢っている時間だけ楽しめればいいのよね」
「今はね・・・話題変えよう。行きつけのカラオケって何処のこと?」
「消防署の近くのスイングさん、知ってるの?」
「入った事は無いね。場所はわかるよ」
「マスターが奥様と二人でやってらっしゃるの。お客様少ないから歌いやすい」
「それって、流行ってないって言う事なんじゃないの?」
「私が行く時間がそうなだけかも知れないけどね。気にされていないご様子だからやって行けているんじゃないのかしら」
「水商売だからね・・・利益あるんだろうねきっと」
「庄司さんのお仕事はどうなんですか?」
「うん、今は順調だよ。海外製品が中心だから競争力があるんだよ。いつまで続くか解らないけど食べて行ければ十分って
考えているから無理はしないよ」
「欲を出すと危ないって聞いたの。知り合いのご主人が手を広げすぎてダメになったと聞いたからそう言ったの」
「なるほど・・・分不相応だったのかも知れないね。身の丈は知らないと痛い目に遭うって言うからね」
「カラオケは何を歌われるの?」
「一緒に行く人によって違うけど、何でも歌うよ」
「私は歌謡曲だけ。昔の歌も好きだけど新しい曲でも素敵な歌がたくさんあるのよ」
「演歌・・・か、ボクの年でぎりぎりだなあ」
「悪かったわね、年寄りで!」
「そんな意味で言ったんじゃないよ。気にしないで欲しい。靖子さんは若いしきれいだから」
作品名:大切な人 前編 作家名:てっしゅう