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てっしゅう
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novelistID. 29231
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哀恋草 第七章 人質

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弥生はみよの願いを聞き入れた。京に光が居る間自分と一緒に世話役が出来るように時政に頼むと言ってくれた。光とみよは抱き合って喜んでいた。久は自分が決断したとはいえこの先何が起こるのかわからない渦中に二人を巻き込むことへの罪深さを侘びた。

「光、みよ、久の仕打ちを恨んでくれるな。此度のことは考えて、考えて、出した結論じゃ。義経殿が奥州にたどり着ければ、事態は好転する。そのときこそ、われらが望みを果たすとき、父上の所存も分からぬ今、敵と思うて鎌倉に一矢報いることが生きる証・・・二人とも心して久の思いを解ってくだされ・・・」
「姉上、みよは必ず光を守って見せまするゆえご安心を!」
「久どの、光の思いは同じでございまするゆえ、何なりとお申し付けくださりませ。今日までのご恩、決して忘れるものではござりません」

久は二人を抱き寄せその思いに自ら命を投げ出す覚悟になっていた。弥生はこの光景を見て、三人の絆の深さ、大きさ、強さを感じ取り、自分の孤独さを哀れんだ。志乃と同じく弥生もまた、時政ごときに体を弄ばれ、間者に身をやつしていることに恥ずかしさを覚えた。作蔵は三人の無事と久の思いが叶うように願いを込めて、酒を振舞った。酔うほどにいつもは楽しい酒が今宵は寂しく涙を誘う役目になってしまった。外は雨が降り出してきた。涙雨なのか、地固めの雨なのか、やがて明け方には止み、雲ひとつない晴天に恵まれた朝を迎えた。

飴売りの自称勝太郎は、勝秀であった。平氏が滅亡した前年行き場を失って京に戻っていた。うわさに維盛の入水を知り、無念を自分ごとのように感じていた。今は何とか義経に一矢報いる事が生きる望みと化していた。暮らしていた和束村の離れに足を運んだが誰も居らずに行き先も知れず、無事を祈りながら京で、もしやと久や光を探してもいた。約束の時間に三十三間堂の境内に一蔵はやってきた。弓矢を射る三十三間の間に細長く作られた本堂には多くの仏像が並んでいる。後白河はここに多くの仏像を寄進していた。熊野勧進と合わせて彼が残した遺産でもある。

笑顔でやってきた一蔵に手を振って応える勝秀であった。腰を下ろして、飴売りの衣装である頭巾を取った。その横顔には見覚えがあるように一蔵は感じ始めていた。

「勝太郎殿、私はあなた様にお会いしたような記憶が残っておりまする。本当のお名前も勝太郎と言われるのですか?」
「・・・一蔵殿、本当の名前は・・・勝秀と申します」
「なんと!あなた様は・・・平の・・・どうりで顔見知りだと今思い出しました。後白河邸に出入りしていた頃に、よく警備をされておられお声をかけていただいておりましたのう・・・懐かしゅうござる・・・良くぞご無事で居られましたな」
「思い出していただけましたか・・・私は初めてお会いしたときから判っておりました。今日こうしてお誘い申し上げた事も、見知っていたゆえでございまする」
「奥方様はご一緒ではござりませぬか?」
「妻は京を離れて留守の間に行方が知れぬようになりました。子供もわかりませぬ・・・和束の娘は、所在がこれまた知れぬ不幸・・・生きがいは亡き殿の敵討ちになってござる」
「敵討ちと申されると・・・もしかして義経殿のことでござろうか?」
「いかにも!そなたご存知なのか?」

勝秀は身を乗り出すようにして一蔵を覗き込んで聞いた。

「暗くなるまでに戻りませぬと・・・さあ、出立いたしましょうぞ」
弥生は久と光、みよに声をかけた。玄関先で作蔵は何度も頭を下げて三人の無事を見送っていた。足早に京へと向かう女4人はそれぞれの運命を知ってか、知らずか、話すことも無く互いの思いを押し殺してひたすらに足を進めていた。

時政は鎌倉に書状を認めていた。義経は逃げられたが、愛妾は捕らえた、と報告した。そして、吟味が終わるまで自分に預けられたし、とも付け加えた。志乃が部屋に入ってきた。時政の傍に近寄り耳打ちした。

「殿、志乃は光殿、久殿を見知っております。吉野での惨事は伝わっておるはず・・・心が痛みまするゆえ、しばらく暇を頂戴しとうござります」
「うむ・・・そうじゃのう、そちが手をかけた女子は親しいと聞くからには、感情的になろうでのう。そうじゃ、後白河様に頼んで法住寺殿にしばらくお仕え申せ。時政の書状を持参するが良かろう」
「ありがとうございまする・・・そうさせて頂きます」

いい終えて、下がろうとする志乃を時政は手で制した。昼間からはばかられたが、四方を閉め、志乃を抱き寄せた。

「しばらく逢えぬでのう、志乃。辛かろう・・・こうして進ぜようぞ・・・」
「お辞めくださいませ・・・このように日の高い中でございまする・・・」

光と出逢い、一夜を過ごして美しい心に触れていた自分を思い出していた。いまさら・・・だが、これ以上は屈辱が耐えられない気持ちになっていた。時政の手を払うようにして、外に逃れた。「後生でございます。此度はお許しくだされまし・・・」時政は、舌打ちして手紙を書き始めた。

夕刻を過ぎる頃、門番から弥生たちが戻ってきたことを告げられた。時政の正面に座った3人はそれぞれ名を名乗った。

「久にございます。ただいま約束どおりに連れて戻りましてございまする」
「光にございます。久殿に諭され参りましてございます」
「みよにございます。姉上の久どの、妹の光に同行いたしましてございまする」
「うむ、上出来じゃ。光とやら面をあげられよ」

初めてその顔を見た時政は驚きを隠せなかった。なんという美しさ・・・気品ある顔立ち、清楚な趣、華奢な体つき、すべてに完璧な女子であったからだ。

「そなたには大切なお役目がござる。時政がいまからお話いたすので十分に心得なされよ」
「はい、承ってござります」
「良い返事じゃ!分をわきまえておられるのう。さすがじゃ」
「義経殿が愛妾は・・・作り事じゃ。しかし、鎌倉の殿はそなたを吟味なされるじゃろう。くれぐれも何も知らぬとお答えするように。疑いが晴れたらきっと開放されるであろう。時政、そなたに危害が及ばぬよう約束いたすゆえ、よいな!」
「・・・かしこまってござります」

この夜、時政はこれから起こりゆるあらゆる想定を、話した。光は時政が驚くほど勘がよく、すべてを一度で理解した。その頭のよさに敬服した時政は、女としても強い関心に魅かれていた。弥生は影でその気配を感じ取り、いざというときは飛び出す覚悟を決めていた。許せないことだからだ。