ラーメンのできる間に
黙っていては間が持たないと思った少年は「うん」と頷いた。
「じゃ、まず自己紹介からね。私ユウ、面倒だから呼び捨てで良いよ。で、君は?」
「僕はナツ」
「へぇ~良い名前だね・・・あ、そうだ、お腹減ってるんだよね、お菓子食べなよ」
そう言うとユウはコタツの上のお茶菓子を差し出してきた。
ナツは部屋の雰囲気とユウの行動に気を取られて空腹を忘れていた。
指摘されそのことを思い出すと急にめまいがするほどの空腹を感じた。
ナツは礼をいいつつ、早速差し出されたお茶菓子を食べ始める。
空腹のせいかやたらと美味しくお茶菓子を口に運ぶ手が止まらない。
物凄い勢いでお茶菓子を食べるナツを見て「良い食べっぷりだなぁ」と感心するユウ。
「いや、今日昼抜きだったから、とにかく腹減っちゃって・・・ごめん」
そういいながら少し恥ずかしそうに頭をかくナツ。
「いいよいいよ、きにしないで、どんどん食べなよ」
ユウは何処から出してきたのか別のお茶菓子をナツの目の前に置く。
それもあっという間にたいらげたナツを見てユウが「パチパチパチ」と拍手する。
「なんか良いもの見せてもらったって感じ!」
「・・・いや、ただ食ってただけだよ。でも、おかげで助かった。ありがとう。」
「いえいえどういたしまして~」といいながらナツの前に湯飲みを置き急須から茶を注ぐ。
そして、残ったお茶を自分の湯飲みにもついでからのんびりと話し始めるユウ。
「うちめったにお客さんこないから暇なんだよね。特にこの時間は全然。」
「ふ~ん」
「だから、よくここで寝ちゃうんだ。コタツって気持ち良いでしょ?」
「ちょっと休むつもりが気づいたら朝って言うのが、ざらなの」そういいながらコタツの上のみかんを手に取り剥き始めるユウ。
「そうなんだ」と無難な相槌を打つナツ。
色々と指摘したい事もあったがとりあえずそれは棚上げ。お菓子ももらったし。
「普段、めったにお客さんと会うことなんかなくてさ」
「ここで一人で起きて寝て起きて寝てを繰り返してるんだよね」と言いながら笑うユウ。
果たしてそれで店は持つのか?
上の者から怒られはしないのか?
泥棒に入られたりはしないのか?
など、様々な疑問が頭の中に浮かび上がるナツだったがとりあえず黙っておく事にした。
しかし、「一人」という言葉が妙に気になったナツはそのことについて尋ねる。
「一人って、他に店員さんはいないの?」
「いないよ、私一人」
「じゃあ、君が店長なわけ?」
その質問に対しユウは「う~ん」としばらく考えてから「そうかもしれないね」と答えた
しばらく間をおいてからユウが「このお店ね、前はおばあちゃんのだったんだ」と言った。
「私、おばあちゃん大好きで学校も行かないでさ、この店に入り浸ってるうちに仕事覚えちゃっておばあちゃんと一緒に働くようになったんだけど、おばあちゃん去年病気で死んじゃって・・・それから私一人でこの店をやってるの」
「ふーん」
「大好きなおばあちゃんのお店だからなくしたくなかったんだよね、絶対に」
そう言うとユウは少し悲しそうな顔をしながら写真立てを見つめた。
そこには優しそうな顔をした老婆が写っている。
「もしかして、その写真に写ってるのがおばあちゃん?」
ナツがユウにそう聞くと「そう、私の大好きなおばあちゃん」と言って彼女は笑った。
「この部屋もね、おばあちゃんが作ったの」
「ああ、だからこんな変な休憩室なんだ」
ナツはそういってから「しまった」と思ったがユウは全然気にした様子もなく「そう、変でしょ」といって「へへへ~」と笑った。
「でもね、おばあちゃんの思いって言うのかな?そういうのが色々詰まっていて私は好きだし、何よりここにいると何処にいるより落着くの」
ユウはむき終わったみかんを食べながらそういった。
「でも、不思議な部屋だよね・・・まるで時が止まったみたいで入ったとき少し驚いた」
ナツがそう言うとユウは「時が止まったようなねぇ・・・」と言って何故か遠い目をした。
しばらくの沈黙の後ユウが「そういえば、私ばっか話しちゃって会話になってなかったね」と言った後に「今度は君の話を聞かせて」とこちらを見た。
「う~ん、僕の話っていってもなぁ・・・とりあえず、今は旅をしてるってくらいしか言い様がないな」
ナツは困ったような顔をしながらそういった。
「旅?何処か目的地はあるの?日本一週とかそういうの?」
と矢継ぎ早に聞いてくるユウに対しナツ顔の前で手をふり
「そんなたいしたもんじゃないよ・・・目的もない、ただ違う世界を見たかったって言うか・・・本当にあてどもない旅。」
ユウは「いいね~青春だねぇ」とナツを冷やかすように言う。
「・・・まあ、青春ていえば青春かもね」と平静を装いながら答えるナツ。
「私はそんなこと考えた事もなかった、ただこのお店が好きでずっとここにいたくて、それだけを考えて毎日過ごしてた。だから今の君とは正反対だね。」
そんな二人がここで顔をあわせてのんびりとお茶を飲んでいるのが妙におかしく二人とも噴出してしまう。
笑いが収まるとユウは何かを思い出したように近くの戸棚をあさりだした。
またお菓子でも出すつもりかな?と不思議に思うナツ。
しばらくして、ユウは「あった」といって何かをこちらに渡してきた。
それは古びたコンパス。かなりの年代モノだがちゃんと機能はしているようだった。
「旅をしているって聞いてこの子の事を思い出したんだよね」
そういいながらナツにコンパスを手渡すユウ。
「おじいちゃんがね、君と同じで旅が好きでよくこの子を使ってたらしいの」
「らしい?」
「うん、私が生まれる前におじいちゃん死んじゃってたからおばあちゃんから聞いた話なんだけど」
「え、そんな大切な物貰っちゃって良いの?」
「うん、使ってあげて、私が持っててもしょうがないし」
ぎこちなく「あ、ありがとう」といいながらコンパスを受取るナツ。
ナツがコンパスをポケットにしまおうとしたとき「ピピピピ」という電子音がなった。
「あ!三分たったみたい。私こう見えても結構ラーメンにはうるさいからキッチンタイマー仕掛けといたんだ。」
「そうなんだ、ありがとう」
ナツは礼を言いつつも不思議に思う事があった。
この部屋に入ってから確実に三分以上は経っている。
三十分?いや、一時間はたっているような気がした。
だが、カップラーメンの蓋を開けると美味しそうな匂いと共に湯気が昇り麺も程よく伸びていてまるで今出来上がったばかりのように見えた。
「ささ、食べて食べて」とナツにカップラーメンをすすめるユウ。
ナツは先程ユウから渡された「鐘楼軒」とプリントされた紙の箸入れから割り箸を取り出しラーメンを食べ始める。
出来立てのカップラーメンはとても美味しかったが、さすがにお菓子を食べすぎたせいもあって食べ切ることができずユウと半分こする事にした。
空になったラーメンの容器を前に二人で手をあわせ「ごちそうさまでした」といって笑う。
作品名:ラーメンのできる間に 作家名:ミタライハルカ