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天国へのパズル 閑話休題 - tempo:adagio -

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 中央府の鉄鋼資源や自然エネルギーの発電供給の大手であるエリオットの事は、経済に疎いウォルトでもよく知っていた。
 その分家がクローディアの生家になることも知っている。そんな名家の令嬢が部屋着でカウチに寝そべり、雑誌を読んではいけない。そこまで慎み深くあれとは、ウォルトも思っていなかった。
 ウォルトは所用で出かけるオリバーから、今日もプライベートスペースの掃除を任されていた。残る場所は、クローディアが占拠しているラルフの部屋だけだった。
 部屋に入ると普段以上に汚い状態に唖然とした。ラルフの脱ぎ捨てた服は適当に積まれているが、雇用主の大人げない占有主張が全面に押し出されている。ベッドの上で羊の着ぐるみパジャマを着て転がり、読んでいるのはファッション誌からギャンブル、コンピュータ関係の雑誌ばかり。これみよがしにその辺り一面に投げ捨てられていた。
 ここは萎えるところなのか、ギャップで燃え上がるところなのか。
 まず説教をするところだと思い切り、乱雑に置かれた雑誌をまとめて隅に除けると、無視を決め込むクローディアへ声を荒げる。

「オーナー、掃除するんでどいてください。」
「やだ。」

 ウォルトの方を向いて、あからさまに顔をしかめた。
 理由が分かりやすくて、ウォルトはため息を吐いた。
 先日は彼女の衝動買いしたブレスレットをオリバーに渡してしまい、今日は外出禁止令が出ている。
 ブレスレットはブランドが外注している工房のオリジナルデザインで、アクセサリーとして結構な値がつく代物だったらしい。見つけたウォルトがオリバーに渡していた事で、体よく事件収束の報酬にされてしまった。それは依頼者へ報酬として払われなかったものの、オリバーが無駄使い禁止とばかりに預かっている。
 更に今日はイデアの少女をジンに押し付ける予定だったらしい。おとぎ話の調子で変身させると、アンジェラ以上に張り切っていたものの、今日の服装に合わせたウィッグが無かったとの事で、アンジェラから外出禁止を言い渡されてしまった。
 外出での変装は、ヘンリー・ロウズがクローディアの出奔を誘拐による公開捜査にした事が尾を引いていた。外見にインパクトがありすぎる所為で、過去に目撃情報としてメディアに取り上げられてメディアがヘブンズ・ドアに集中した事があった。営業妨害だとクレームをつけられる程度ならいいが、未だに権力に執着するヘンリーは彼女を探し続けている。故に、見た目を偽らなければ外に出る事も叶わない。
 ウォルトはクローディアに何も悪いことをしていない。
 要は只の八つ当たり。今日はウォルトしかいない事で、普段以上に彼の邪魔をしていた。

「ブレスレットは戻ってきたんだから、子供みたいなアピールを止めてください。いい加減、着替えて昼食を食べてくれないなら、そのまま片づけてオリバーに伝えますよ。」
「オリバーの小言なんて知った事か。」
「じゃあこれはオリバーに渡します。オーナーは物を隠すの、本当に下手ですね。」

 エプロンから小箱を取り出した。それを見たクローディアの顔が驚愕で固まる。
 今日も掃除をしていて彼女が築いた廃物の山から、胡散臭い箱を発見した。中身は見覚えのない髪飾りとネックレスが入っている。美術品や装飾品に疎いウォルトにはその価値が分からない。しかし、これも衝動買いの類だろうとずっとポケットに忍ばせていた。
 元がお嬢様だからか、金の使い方から物の扱い方まで豪快かつ大雑把。レース賭博で大穴を当てる度に買ってくる。儲けた泡銭にしても常時金額が大きく、自分の小遣いが元手だとのたまうが、皆がHollyhockの設備資金だと思っていた。

「いい大人になりたいのなら、忠告は素直に聞いてくだ・・・・って、向こうで着替えろ!」

 目の前で着ぐるみを脱ぐクローディアの肌が眩しすぎて、ウォルトは傍にあったラルフのシャツを投げつけた。
 この大雑把すぎる女性がShrineのデータベースを形成するDNAコンピュータと同じ、有機高分子のモデリング作業で生まれた人間だと言う。老朽化しつつあるShrineと同じだと言われても、彼女を機械や兵器と同列に置くのがおかしい話で、今でもウォルトには理解できない事だった。
 クローディアは視線に迷って慌てるウォルトを見て、笑った。投げつけられたシャツと脱ぎ捨てられていたジーンズに着替えると、ウォルトから小箱を奪い取る。

「別にウォルトに見られた位で変わりやしないよ。無駄にいい子ぶるウォルトへ久々のサービスショットさ。」
「サービスじゃなく、こういうのをセクハラって言うんです!」
「酷っ。だから面白くないままなのよ。絶対、お前とは一緒に寝てやんないから。」
「寝なくていいです!っつーか、男の純情を面白がってどういうつもりですか!」

 先日の一件で、意地を張ってなかなか情報を出さないクローディアに、ラルフはいくらでも添い寝してやると言い放った。オリバーがブレスレットを出した事でそれは無かったものの、実現していれば自虐を飛び越えた自滅行為だ。潜り込まれては男の本能に迷い、頭を抱えるラルフの姿を知っているだけに、どうなるのかが容易に想像できる。
 モデリング作業で生まれた人間で、人の形を維持して生きている例は彼女が最高齢だという。銀髪なのもその所為で、その記録を現在も更新中らしい。

 クローディアを誰にも触れさせない。その代わり、自分も一切手を出さない。
 彼女の秘密を消し、彼女が他の人間と同じように年を取り、ずっと一緒にいられるという確証を得るまでは。

 ラルフの確固たる決意と信条を知るウォルトは、それを知らぬまま奔放に振る舞うクローディアが時折腹ただしい。
 睨みつけるウォルトを無視して、クローディアは着ぐるみのパジャマを抱えて部屋を出る。

「私はラルフの熱くなる様が見たいんだ。一緒に寝るぐらいしなきゃ、あいつは私の事を女だと思わないよ。」
「それは貴方も同じでしょうが!貴方たちの勝手なおのろけは聞き飽きたので、さっさとランチを食べてきてください。スープは温めなくても大丈夫ですからね。」
「ああ、はいはい。」
「返事は一度。そう言ったのは貴方でしょう。」

 ウォルトの小言にクローディアは舌を打ち、乱暴に廊下を歩いて行った。
 クローディアがパジャマを片付けに行った際にピアノのスコアブックに足とられて転び、散らかっていたラルフの部屋がウォルトの手で綺麗になった頃、hollyhockの玄関が騒がしくなった。ウォルトが様子を見に行くと、男女の2人組がHollyhockの前に座り込んでいた。
 男の方はウォルトも知っていた。ヘブンズ・ドアでも大手のクラブオーナーだ。気まぐれに開けるHollyhockとは違い、風俗としても大手。更に多国籍マフィアの2次団体幹部のジュニアで、アンジェラ曰く、親からの成り上がり分際で上流ぶる思考停止の下半身馬鹿。
 自分の店にいる女は手を出さない癖に他の店の女には好き放題に扱うらしく、今日も元気に馴染みの愛人を連れていた。アルコールかドラッグが入っているらしく、既に二人とも目の焦点がおかしい。

「何しに来たんですか。看板出てなかったらクローズの意味、分かりますよね?」