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天国へのパズル 閑話休題 - tempo:adagio -

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「さーぁ、ひっさびさに買うぞ!アウトレットも漁っちゃうぞ!」

 アンジェラはルイスのアパートからヨリの襟を掴み、そのまま引きずっていた。
 恐ろしいスピードで歩くアンジェラの後ろを、メイは小走りになって追いかけている。
 アンジェラがピンヒールを履いている所為か、いつも以上にリーチが長くて追いつけないらしい。メイの息は既に上がっていて、何度も立ち止まる。そして軽快な足音はメイからどんどん遠ざかっていく。

「待ってくださーい。」
「普通に歩けるから離して!」

 メイの声と同じくして、ヨリの足掻きがアンジェラの足を止めた。しかし、襟をつかんだ腕は持ち替えられたり掴む場所を変えたりで、振り払おうとするヨリがくるくると駒の様に回る。
 既視感と寝ている間に落ちた体力で、ヨリはアンジェラにされるがまま。情けなさで泣きたくなっている合間に、メイがふらふらの状態でアンジェラ達に追いついた。

「お買いものって……何処……行くんですか?」
「勿論、服。」

 アンジェラはニヤリと笑って、へたばる二人を見下ろす。
 何時ものベーシックな仕事着ではなく、大きな柄の入ったモノトーンのワンピースに、ショッキングピンクのタイツ。モヘアのマフラーは蜂蜜色なのだが、アンジェラの髪の色が相まって、まさに歩く原色。こんな気合の入った服装だから、彼女の目指す場所は2区にあるファッションブランドのショッピングモールだろうと思い、メイは慌てて財布を取り出した。
 財布の中身は入っているものの、今入っているお金は買い出しの為の資金であり、食料品の在庫が無い冷蔵庫の事を思うと、ヨリの分をどうにも出来ない。財布を持ったまま崩れ落ちたメイに、アンジェラは笑った。

「私が立て替えるわよ。」
「大丈夫なんですか?」
「当たり前。この子のアパート行ってきたけど、部屋の中のもの全部処分されてたからね。住む為の生活雑貨は向こうに任せてあるけど、あいつに任すのは面白くないからさ。……それに、この子は絶対これを着っぱなしにしてそうでしょ。」

 アンジェラはヨリの服を指さしてため息を吐いた。生成りのコットンシャツに綿のパンツ、寒いからとメイが自分のカーディガンを貸しているが、枯草色という地味な色なので、インパクトは全くない。寧ろ風景と同化できる。

「そんなに地味ですか?私の服装って……。」

 ヨリにはルイスの部屋にいた時からメイの服を貸していた。部屋から出るにあたって、メイは目立たない服装をルイスから頼まれた。色々考えた末、今日もワードローブにあった新品を持ってきたのだが、アンジェラにこれでもかと文句を言われてしまい、メイのなけなしのプライドは酷く傷ついていた。
 安価かつ地味なのは、家計の采配と家族の要望を天秤に掛けて出てきたものだ。可愛いデザインの服が買えるほど稼ぎたくても、儲けるほどの知恵も体力も無く、裁縫や刺繍で得られる金額では古着や大量生産の既製服が関の山。
 必死になって悩んだメイの心意気が可愛くて、アンジェラは笑った。

「普通……まぁ、メイは地味な方がいいわ。顔がいい分、禁欲的でそそるから。」
「禁欲って……」
「だからって、あの男はこれだけで攻略できる奴じゃあない。それだけは分かる。」
「もう、攻略とかの前にこの子の髪をどうにかしてあげてください。この間からこんな状態なんですよ!」

 運ばれてきたときから泥だらけ。そんなヨリを介護してきたのもメイだった。
 埃やら血生臭いやらで、弟よりも汚いと必死になってみたものの、彼女を人に預ける事を今も不安に思っている。
 メイは2週間ほどルイスやフェイの手伝いをしていて分かった。目が覚めてからのヨリはジン以外の人間を警戒していたらしく、フェイは診察を拒否され、介助していたルイスやメイにはちょっとした打撲痕が出来た。ようやっとメイに対しての警戒心は薄れたものの、ルイスとフェイは未だに嫌われている。
 腕や手に番号の入った入れ墨をしている人は、色々と身体が大変な状態になっているので、かかりつけの医者が必要になる。ヘブンズドアでの又聞きだが、メイでも知っている事だけに不安を呼び、ヨリの保護者となる人が弟の言う「偏屈」「変人」だから、更に心配になっていた。
 顔つきはなんとか血色が良くなっているが、長い髪はまとめていた時よりも増えている。先日、彼女を一人で風呂に入れてからこの状態だ。シャンプーが合わなかったのか、洗い方が悪かったのか。ヨリの綺麗な茶色の髪は傷んで、たわしの様になってしまった。
 しばらくはそのままにしておくと言っていたが、見苦しい事には変わりがない。せめて見た目だけでもどうにかしないと、絶対彼女は何もしないだろう。
 アンジェラは睨むヨリをまじまじと見て、手を叩いた。

「じゃ、まずはサロンに連行してこの毛玉っぷりをどうにかしよう。メイも来る?」
「う……サロンにしても、私は着替えた方が良さそうですね。」

 助けを求めるヨリが可哀想に思うものの、サロンなんて場所は行ったことが無い。更に高級ブティックの集まる2区のショッピングモールなんて近づいた事はない。何となくアンジェラぐらいに目に優しくないファッションの人が集まっている場所のような気がして、悲しくなっていた。地味と言い切られたヨリの格好と大して変わらないし、逆に目に付く。己が服装にうなだれ、メイは財布を持って踵を返した。

「だから、別にメイはその格好でも平気よ。何ならルカも連れて来ればいいわ。」
「い、いいんですか?」

 アンジェラの言葉にメイの目の色が変わった。
 ルカに服を買って来ても、動きやすいかどうかでしか選ばないので、メイの憧れる服装はまるっと無視されていた。褒めても着てくれないのなら、着ているところを見るしかない。
 メイの小さな悩み事を知っていたアンジェラは、ここぞとばかりに畳み掛ける。

「そりゃもう、どーんと来い。がっつりルカも変身させてやんよ!」

 アンジェラの言葉にメイは眼を輝かせて走り出した。
 二人にされて怯えるヨリは、アンジェラを見上げる。無茶をさせるなというメイの声はまるっと無視して、アンジェラは悪人面で笑っていた。
 怖い。とりあえず、怖い。アンジェラは後ずさるヨリの腕を掴んで睨みつける。

「逃がさん!」
「何でこんな事するの!別に私の格好なんて構わなくてもいい!ちゃんとできる!」
「構うわよ馬鹿!性別・女を舐めんな!」

 驚くヨリの頭をアンジェラは勢いよく小突いていく。

「あんたはうちのお嬢様が身請けしたんだから、見た目も中身もうちのチームに染まってもらうわよ。それがあんたの選んだ道で、女は強く美しくが基本なの。お・ぼ・え・と・けっ!」

 言葉のリズムに乗って額から仰け反り、最後は腕を引かれて頭を鷲掴みにされ、ヨリは呆然としてしまう。

「それに、変人扱いのお蔭で、めっきり見た目を褒められた事無いでしょ。可愛いとか、綺麗とか。」

 脅す勢いで聞かれて言い返そうとするが、アンジェラの言うとおり外見で褒められた覚えは全く無かった。