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天国へのパズル 閑話休題 - tempo:adagio -

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 穏やかな陽射しが診療所の休憩室に降り注ぐ。アルトは黒髪の女性に見つめられ、神妙な顔をしていた。
 彼女の外見はアルトの好む魅力的な女性だった。くびれた腰に豊満なバスト、穏やかで優しげな顔立ち。アッシュブラウンの瞳はアルトを見つめている。その眼は恋する乙女の瞳に似ていた。しかし、アルトは目の前にいる女性が少々苦手だった。
 外見に似合わず、人間を仕分けて統計を取り、大胆かつ姑息に男を好きな形に切り刻む。彼女にとって男は己の享楽を彩るアイテムだ。
 アルトは自分がその対象に含まれている事を知っていた。不用意に近づけば自分の身体が仕分けの対象として切り刻まれるだけでなく、欲望のままに食い散らかされる。それが容易に想像できたので、今日も一定の距離を保つ事に尽力していた。

「で、しばらくはジンがその子の面倒を見る事になったのね。」

 笑顔でポットを傾け、アルトにコーヒーを差し出した。立ち上る湯気とその香ばしい香りを無視して、アルトは大きな溜息を吐く。

「勿体ない。」
「アルトもやっぱり若い子が好きなんだ。」
「そういう訳じゃないさ。」
「まぁ、貴方の趣味うんぬんは別にしても、私はこうなると思ってたわ。面倒くさい性格しているあの子が、病み上がりの子供をメンバーに入れると言ったところで、既存の問題は山積したまま。一番いい形に仕上げてくれそうな保護者を探すほうが賢明よ。」
「いや、全く。フェイの言うとおり。」

 王女様のクローディアだけでも管理監督せねば無茶をするのに、新しいメンバーの管轄まで出来るとは思えなかった。ラルフがクローディアで手一杯だろうから、まず過労でオリバーが寝込むだろう。そしてウォルトが違う意味で使い物にならなくなり、アンジェラが無駄に叫び倒して終了。只でなくても主張の激しい人間が集まっているのだから、警戒心と爆弾抱えた子供がすぐに適応できるとは思えない。
 素直な予想を口にすると、フェイも似た想像をしていたらしく、笑ってコーヒーを啜る。
 アルトは包帯を巻かれている左手をフェイに向けて掲げた。

「俺はしばらくこんな状態なのに、いい暇つぶしをあいつに持っていかれたんだ。文句の一つも言いたくなるだろ。」
「あら、私じゃ不満?」

 首を傾げるフェイに、アルトは笑顔で傍にあったビスケットを差し出した。今は負傷した手やその他諸々の治療費の代わりに、フェイの護衛を引き受けている。それに対しての恩義を返さねば、己が信念から外れてしまう。
 アルトの中にある信念は、リリーを含めて女性を軸に動いていた。打算も含めて助けを求める女性は皆正義であり、皆が慈愛の対象だ。
 だからと言って、助けを求める程に彼女の身辺に危険がある訳ではない。それでも、彼女の望む様に黒のスーツを着て、黒のサングラスを掛け、職場であるヘブンズドアまで付き添う。そのまま休憩室に常駐してフェイの話し相手になる。彼女の気分が乗れば食事もする。
 期間限定の恋人紛いになる依頼は、女性が大好きなアルトにとっては得しか見当たらない内容だった。
 だが、数日この状況が続いて、アルトは勢いのままに了承した数日前の自分を殴りたくなっていた。生理現象以外の自分の要求は拒否され、拘束される間の自由は全く無い。それはアルトにとっては苦痛でしかなく、この状態があと2週間は続くのだ。
 ため息一つで済むなら、さっさと抜け出したい。だが、時折見える太腿と、清潔さの輝く白衣。それらはアルトの煩悩と緊張を思いきり振り上げている。更に襟の大きく開いたVネックなんて着ているものだから、見下ろすときの眺めは最高だ。他にも色々と露出が多いので、いくらでも興奮を呼ぶ。
 最高の環境と最悪の拘束力。相反する感情に翻弄され、アルトは大人しく尻尾を振りつづけていた。

「不満というか、今度は俺が全力を出せる時にしてくれ。……あの子をフェイが診断したんなら、もうちょっと引っ張れただろ?」
「でも、ルイスが明日には依頼でここを離なきゃならないらしいし。痛覚麻痺も軽度、異常らしい異常は見当たらなければ、離すしかないでしょ。それに、若い子は手間掛かっても回復早くて助かるわ。」

 ヘブンズドアの常駐で婦人科にも聡いフェイの診断は、イデアの診断に慣れているだけでなく、早くて的確だと定評だった。
 しかし、それがフェイの食指に当て嵌まる男子だと、精度が若干狂うとアルトは噂で聞いた。彼女にアンジェラのような世話焼きの思慮がない事も知っている。
 だが、それなりに腹の中を知った仲なので、アルトの言葉も女性に対する礼儀が先に立つ。

「あの子が女じゃなくて男なら、フェイが預かったのか?」
「まあね……でも少し若過ぎるわ。あれだけ元気で熟していたら満点ね。」

 兄弟はいなかったの?
 呑気な調子でビスケットをかじるフェイの眼が、野獣が獲物を狙うそれになっている。分かりやすい彼女の反応にアルトは笑った。
 ルイスの情報を信用している癖にわざとらしく聞き、口を尖らせる。煩悩に対して素直な彼女の様は、可愛らしくて気持ちがいい。
 そういう事は、お前の方が詳しいだろう。アルトは笑いながらコーヒーを飲み干した。

「迂闊な事やれば、フェイも狂った馬鹿共の標的にされるぜ?」
「それは貴方も同じでしょう。もし貴方があの子を預かっていたら、『初物食い』って呼んでいたわ。」
「何の嫌味だよ、それ。」
「あら、その通りじゃない。あの偏屈のリリーを口説き落とした男は貴方が初めてなんだから。」

 フェイの言葉にアルトは目を丸くした。
 他人がそばにいて鬱陶しくなくなる方法も、お互いの痛みを共有する事も、全てを拒絶していたアルトに教えたのは、その偏屈者のリリーだった。
 何故そんな事をするのかと突き放せば、その様が癪に障ると怒った。
 何故構ってくるのかと聞けば、自分と同じ匂いがするからだと笑った。
 不幸面で他人を見下ろす姿は、皆同じだというのに。名前を持たないあの男にまで、人並みの感情と馴れ合う事を教えた。
 リリーが傍にいなくなって、その男と組んでいる今も、アルトの心には片付かない感情が燻っている。
 彼女の生きた場所は、アルトの育った場所と似ている。同じような環境で育ち、他人を慈しむ人間の言葉は、素直にアルトの心に残り、今もまだ響き続けていた。
 だが、彼女には形を無くした後でも慕う友人がいる。姿が無くともガセネタは付いてくる。
 自分にはないものを持っているリリーが羨ましく、自分という人間の形が疎ましい。
 フェイはアルトの頬を撫で、額にキスをした。

「ごめんなさい。嫌な事言ったみたいね。」
「そう思うんなら、慰めてくれよ。1on1でこれだけ押されちまったから、俺のメンタルはボロボロなんだ。それでも、フェイが素晴らしく美しいからここにいるのさ。」

 拗ねた顔をするアルトが可愛くて、フェイは頭を撫でた。
 お互いが本気になれないからこの関係が続いている。そして、一番近い場所にいるアンジェラには出てこないこの男の弱音を、フェイは愛おしく思っていた。
 アルトの本音と体裁に、フェイは笑顔で今夜のディナーを約束し、休憩室を後にした。