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天国へのパズル 閑話休題 - tempo:adagio -

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「ああ、そう。……まぁ、我侭なガキだった小娘が名家の深窓を飛び出して、今やヘブンズ・ドアの柱だ。あれもそんなに見た目が悪くないんだから、お前にはいい話だろ。」

 若い女はいい。無知で物静か、そして好奇心旺盛な娘ならもっといい。教え甲斐がある。
 下卑た笑顔を全く喋らなくなったジンに向けるが、全く反応が無い。
 普段ならセクシャルな話を拒絶する筈なのに。そう思ってラルフが覗き込むと、ジンは口を半開きにしたまま寝ていた。
 ジンが黙って様子を伺う2人に目配せをした瞬間、不意に振り子の勢いでジンの顎が落ちた。頭を上げると、ずれた眼鏡を押し上げる。

「……何が?」

 ジンの眼は据わっている。既に彼の持つエスプレッソのカップは空になっていた。
 もう駄目だ。3人は笑い声を挙げた。

「ねぎらいの意味を込めてお前を激励してたんだ。」
「も、寝ろ。明日からしばらく寝ていろ。寝ていてもどうにかなる。」
「やっぱり。あの子の事を頼んだのはそういう事か。……元締めは誰だ?」

 3人の笑い声で何かを悟ったらしい。あからさまに舌を打ち、頭を抱えた。
 普段は見かけない大家のカミラが笑顔で同居人について伺って来るし、近所の総菜屋の男には同居人の好きな料理を聞かれた。
 そんな事知るか。ほぼ初対面の子供を預かるのに。
 日常のあいさつ程度にしか関わって来なかった人々が関わってくる理由など、アパートを紹介してくれたオリバー以外に思いつかない。
 ギャンブル好きのクローディア、モーガンよりも更に下世話な趣味をしているアンジェラ達の楽しげに笑う顔が、自然とジンの頭の中を飛び交う。

「分かっている癖に聞くのは野暮だろう。」

 ラルフはウエイトレスに声をかけて、追加のワインとグラスを二つ頼んだ。
 ダニエルはジンの肩を叩いた。彼女たちのパワーは傍にいる人間を容赦なく振り回す事が多い。しかし、それに対する恩恵と面白さは他の追随を許さない。
 ラルフと変わらぬ化け物染みた男の生態は、彼がラルフのグループにやってきて4年が過ぎた今も分からない。弄る項目を作らねば、鉄仮面を被った口の悪い仕事人間のままだ。

「未だにお前のツボが分からないからこうなったんだ。諦めろ。」
「2~3年もすれば、子供から女に変わる。どうなるのか楽しみだ。」
「俺はお前の女の趣味が見えて面白そうだなぁ、と。ちゃんとすれば、多少の変態プレイも大丈夫だ。」

 三者三様。好き勝手な言葉を並べて飲み始めた。
 内輪の中でもゴシップを作り出す。他人と馴れ合う事の無い場所で育ったジンは、未だに無駄に活動的な彼らの力の源が何なのか分からない。

 形の無い奴等の中にいたから、こんな名前付いたんじゃない?
 あの糞ジジイから切り札ぶん取って来た癖に、自分の名前は何でもいいなんて言うからよ。適当にも程があるわ。

 賭け事を仕組んだ黒幕達がジンに向かって放った言葉は、今でも彼の中に残っている。自分の思ったことを、そのまま直ぐに言う様はまさに子供だ。
 よく笑う。よく泣く。よく怒る。子供のそれは利己的で、残酷で、付き合いきれない。
 ヨリも同じ様に、泣き、ひどく怒った。ただ、ジンには彼女が自分と同じ一人の人間に見えた。それだけの事だ。
 集団の中に溶け込んでも己が職務を遂行させる組織教育が、未だにジンの中に息づき、彼を受け入れてくれたグループから無意識のうちに隔離していた。

「趣味が悪い。勘弁してくれ。」

 女の趣味は仕事と関係ない。別に執着するほどの事じゃない。
 胴元である彼女達が何をヨリに仕込むのか容易に想像できたので、それには絶対乗らないと心に誓った。