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天国へのパズル 閑話休題 - tempo:adagio -

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 中央府庁舎の一角、保健部の待ち受けスペースの傍で2人の男が座り込み、その様を見て、ダニエルは笑った。
 片方は警察官新人として地獄の7区配属になった頃、徒党を率いてストリートの少年達を率いていた。検挙の標的だった彼が、ヘブンズドアで起きていた地獄の抗争での数少ない中立者であり、何度協力関係になっていたのか判らない。
 しかし、ダニエルは一応公僕であり、彼らは一般人。機密事項は守るものの、殊更親密な関係はタブーとされている。更にカテゴライズに縛られる職種は面倒なもので、何故か捜査担当からの回答文書をダニエルが持参していた。使送と書いて、無料の配達と読む。何らかの責任者が庁舎に用あらば、それは経費の節減対象だ。
 最後の一通を届けたところで、彼らに声を掛けた。

「お前ら、ひっどい顔してるな。まだ疲れてるのか?」

 確か見慣れた顔が少しばかり老け込んでいる。ひじを付いて生あくびをするし、目付きは若干虚ろだ。
 何故ここにいるのかと聞いても答えてはくれない。しかし、自分の持ってきた書面のうち、何通かは彼らに関連していた。
 ラルフはあくびを抑えてダニエルを睨んだ。ジンは目を閉じて頭を振っている。

「俺は眠らせてもらえない。」
「その余波で俺も寝ていない。」
「……あの女、見た目以上に激しいな。」
「そっちならいいんだがな。」

 ラルフは誰にも聞こえぬ小さな声で呟いた。

 ダニエルは知っている。今現在の彼らの疲労に、自分の持ってきた書類の一部が関連している事を。
 Shrineのシステムアクセスを掛ける度、起動した身体には負荷が掛かる。ジンの場合は筋肉と反射筋をシステムで無理やり引き上げているため、数日後には筋肉疲労で動きは鈍る。ラルフの場合は脳の情報伝達部分をオーバーロードさせているので、システム終了してしまえば眠気に襲われて全く動けない。
 法で縛られたイデア被験者であるヨリを手元に置くために、クローディアは日常生活でもぎりぎりNG状態だった彼らを、休みもそこそこで自分の代わりに走り回らせていた。
 ラルフはイデアの人権保護に詳しい弁護士と資料収集に追われ、帰ればクローディアが無駄に絡む状態だった。
 ジンはヨリの保護者にされるとの事で、何だかよく判らないうちに書類を揃え、アパートの大家に話をつけねばならなくなっていた。それだけで済めば良かったのに、何の手回しがあったのか大家から一階上の広い部屋への移動を薦められ、契約の内容を変えぬままに強引な引越し作業に追われていた。
 そして、今日先程までイデア被験者の保護認可に対する講習、行政担当者との面談での呼び出しだ。
 眠らなければ、疲れは取れない。
 クローディアの方はオリバーが見張っていたお陰で、何事もなく変なやる気は無くなっていた。無事目の下のクマも取れている。
 しかし、彼らに眠れない状況を作り上げた彼女こそ、一番自分という人間を軽んじていた。
 それを知っているので、ラルフはルイスの依頼をできるだけ長引かせようと考えていた。
 しばらく帰らないでいることで、俺という存在とその有難みを知ればいい。

 薄ら笑いを浮かべるラルフが、昔の危険人物だった頃を思い出させて、ダニエルは青ざめた。

「書類待ちなら後で取りに来ればいいから、お前ら目ェ覚ませ。外は気持ちいいぞ。」

 遠い目で虚空を見る二人を庁舎外のカフェスペースに引きずって行った。
 彼らの疲労に、遠からずダニエルの依頼が絡んでいる。彼らの疲れた顔に責任を感じないではいられない。
 中央府の刑事事件捜査は、刑事局内でチームを組んで捜査にあたるのが基本で、ダニエルは連続殺人事件の捜査メンバーに入っていた。
 普段なら喜ぶところだが、今回の捜査チームは上層部が自滅上等の人選をしていた。やる気よりも保身を考える小心者のエリートがリーダーで、彼の事件想定は過去の組織内の内輪もめだった。
 当たらずとも遠からず。だが、彼の捜査計画は何処までも常套手段を立てていた。経費節減から捜査人員が少ないというのに、影も形も無くなった組織情報の為、過去の捜査書類探索と聞き込みの応酬だ。
 更に政府関係の公安組織まで乗り込んできて、反政府テロを押し出してきた事で、集めていた情報から混乱を呈し、気が付けば組織間の権力抗争になってしまっていた。
 捜査方針の宙ぶらりんに巻き込まれ、一番迷惑を被るのは現場の人間だ。毎日命がけで足取りや特定をしているのに、会議の指針内容は二転三転を繰り返す。
 上の混乱に対する反抗から、ダニエルは知り合いにこの事件に関わっている組織のリスト作成のみを依頼した。
 そして、依頼内容を貰う前に8区のビル爆発において救出された若者が自分たちの追う事件の始終を語り出し、依頼が繋がっていると分かった時には、脱力感で倒れそうになった。
 既に捜査関係者でも殉職者を数人出している。
 もしも回答を貰っていて現場に踏み込んでいたら、死傷者の数も跳ね上がったし、死亡者か意識の無い重傷者の中に自分の名前も並んでいただろう。
 小さなねぎらいの気持ちから、ダニエルはエスプレッソを3人分注文して、彼らに此処のコーヒーの旨さを薦めた。

「まぁ、あの爆発事故は本当に酷かったからなぁ……いやぁ、お前ら生きてて本当に良かった!」
「そう言うお前が体験して来い。」
「悟りが開けて、モテるぞ。そりゃもう女にとってはヒーローだ。」

 ラルフの言葉に一瞬色めき立つが、どうしようもない人間の顔が頭をよぎった。一瞬の笑顔が固まる。液体窒素をかけられた様に固まった顔は、香りのいいエスプレッソと、それを持ってきたうら若いウエイトレスの笑顔で解けた。
 今日も捜査チームのリーダーは、拘束した被疑者をどうやって被告人に仕立てようか思案中だ。検察局もせっついてきているし、同じ職場での伴侶を希望するあの男にとっては、またとないステータスだ。
 それと同列になるのなら、細く長く自分の信条を押し通していたいと思った。たとえ、異性との付き合いが続かず、今も独身だとしても。年を取った方が男の貫禄は付く。
 彼らのテーブルに茶髪の男が近寄ると、紙袋を机に置いた。そのまま空いていた席に座り、ワインを頼む。

「無事これで完了。施行日は今日からで、それが登録書類だ。」
「ありがとう、モーガン。」

 ボトルでやってきたワインを見て、モーガンは更に魚のフリッターとサラミ、チーズを頼んだ。
 弁護士のモーガンをダニエルはヘブンズ・ドアの調停等で見知っている。有能かつ狡猾。顧客は企業からマフィアまで幅広く、金の切れ目が縁の切れ目で、ある意味敵対関係である彼と相席になるのはこれが初めてだった。
 モーガンは仕事中と同じ調子で朗々と己が仕事の速さと的確さを誇りつつ、ダニエルの飲むコーヒーの香りに文句を付けた。
 彼にしてみれば、今はもう昼前。何故コーヒーだけで満足できるのか判らない。
 恰幅のいい腹をテーブルに押し付け、モーガンはワインボトルを傾ける。

「しかし、お前が依頼相手になるとは思わなかった。金であの子を買ったのか?」
「まさか。俺もこんな事があるとは思っていなかった。」