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金木犀

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    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇
    
「予定より早く出来上がりました。というか文字数を数えるのが面倒なので、Sさんにお任せしようかなというページが4ページあるんですよ。いいかしら?」

Kさんの声が電話から聞こえる。やはり好ましい声だとあらためて思う。相性というのは声でわかるのではないだろうか。私は細くて高いソプラノ声は好きではない、疲れてしまうのだ。早口ではないアルト声、Kさんの声は疲れを憶えない。

「わかりました。今キリがいいので伺います」と返事をして私は妻に「Kさんの所に行ってくるよ」と言って外に出た。妻が返事をしたようだが、テレビの音声と混じっていてわからない。

Kさんの家は駅一つ離れた所にある。駅から少し離れているので自転車のほうが早い。通り道は武蔵野の面影を残す土地で、造園業も多い。あまりきれいとは言えないが紅葉しはじめの木もあった。普段は気づかない木が、10月頃にその匂いで金木犀だとわかる。PCの画面を見ながら仕事をしている私にはいい気分転換になる。


チャイムのボタンを押すと、足音があって扉が開いた。

「あ、どこがいいかな」とKさんは、原稿と割り付けが入っているのだろう大きい封筒を手に一瞬考えて、「説明があるから中がいいかな」と言ってスリッパを揃えた。

「どうぞ」というKさんのあとについて仕事場に入った。小さな部屋に多くの本や雑誌の入った本棚、そしてPCやFAX、オーディオ機器があった。低い音量でピアノ曲が流れている。その他、家の中は物音もなく、Kさんしか住んでいないような雰囲気だった。

Kさんはデスクの上に封筒を置いて、私に椅子を差し出し、自分も座った。Kさんが座る時にかすかにお風呂あがりの石鹸のような匂いがした。私はちらっとKさんの横顔をみた。昨日、外で見た顔よりきりっとして見える。

作品名:金木犀 作家名:伊達梁川