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金木犀

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「時々絵を描いたりしているからね」と、Kさんは、何故軒下に折りたたみ椅子が置いてあるのかという、私の疑問を分かっていたかのように話しだした。

「コーヒーと金木犀の争いだね」と私はコーヒーを鼻先に近づけながら言った。

「ハンディ付き、コーヒーは鼻先」とKさんも笑いながらコーヒーの匂いを鼻先で嗅ぐ。

少し黙って金木犀のジュウタンを見ながらコーヒーを飲む。程よい甘さと苦さだった。そう言えば「お砂糖は」とは訊かれていない。たぶんいつも飲んでいる味なのだろう。

風向きが変わって圧倒的に金木犀の勝利になった。

「残りは、明日今頃にお願いしますね」とKさんが仕事の確認をした。夕陽の色が濃くなって金木犀の色も橙色が濃くなってきた気がする。

蚊にくわれた所が痒くなって、気がついたらもう掻いていた。Kさんは目を細めて太陽の沈む方を見ていた。まるで、太陽と一緒に人生が終わってしまうかのように、悲しい顔に見えた。

「ほんとに、秋の日はつるべ落としね」と言いながらKさんが立ち上がった。私はコーヒーカップを渡し、「ごちそうさま」と言った。

「じゃあ、お願いしますね」とKさんは、折りたたみ椅子を見た。私が二つの椅子をたたんで手に持つと、「ありがとう」と明るい声で言ったので、救われた思いになった。

私はほっとして「じゃあ、これを置いてそのまま帰りますので、仕事を続けて下さい」と言ってKさんの家をあとにした。金木犀の匂いがあとを追いかけてくる。

大通りに出る前に振り返るとKさんの家が沈もうとする太陽の光の中でシルエットになって見えた。そして、Kさんの手の柔らかさも手によみがえった。
作品名:金木犀 作家名:伊達梁川