金木犀
私はそうっと酔芙蓉の花に手を伸ばし、花びらに触れてみた。頼りなさそうでも、しっかり生きている感じが伝わってくる。
「あら、まだ蚊がいるわ」
瞬間私の手の甲に痛みが走った。同時に柔らかな温もりも感じた。私は叩かれた手を見た。
「ごめんなさい、つい反射的に」と、Kさんは少しだけ申し訳ないという表情を浮かべながら小さく笑った。
そして「ちょっと見せて、もう吸われたあとかな」と言いながら、柔らかい両手で私の手をとりながら言った。
Kさんは、そのあと隣家の境にある柿の木から青い柿の実をとると、それを囓って半分をぺっと吐き出した。
「これを塗ると、痒みが薄れるよ」と言って柿の実の囓った側で、私の手の甲にすりつけた。
私は、また時空が変になったかのように思われた。明治時代? 大正? 昭和? 頭の整理のつかないまま蚊にくわれたあとを見る。かすかに赤い箇所のまわりに柿の実を塗った後が西陽を浴びて光っている。
「あ、あまり痒くないな」と私が言うと
「そうでしょ、愛が入っているから」と言ってKさんは笑った。それから「まだよ、ちょっと間を置いて痒くなるよ。でも掻いちゃだめよ」と真面目な顔になって言った。
まるでKさんの暗示にかかったように私は痒みをおぼえたが、我慢した。それよりもまるで酒でも飲んだように私の意識はふわふわとKさんのまわりを漂っている。