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灰色蝶にウロボロス

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エピローグ


「平和だわ」
「ボケそうなくらいにな」
 今日も私と限野は何となく一緒に下校していた。特に示し合わせたわけでもないのに、いつも廊下や校門を得たあたりで出くわして一緒に帰ることになる。
「これと言うのも一宮が全部追っ払ったからだ」
 限野が恨みがましい目を向けてきたけれど気にしない。
「あんなに毎日毎日面倒に追われたら鬱陶しいじゃない」
 ゴーレム騒動から既にひと月以上経ち、この間入学したばかりだった高校はもうじき夏休みに入る。
 あのゴーレム騒動の後、入学式の日に突然思い出した記憶が自分のものだと認識できるようになり、実際にその光景を目にしていた頃の氏素性も思い出した。
そうして前世と今を生きる自分が確実に繋がった私はまず、毎日飽きもせずにやってくる奇怪をどうにかすることから始めた。私と限野は二人でワンセットという扱いになっているので、私一人どうこうしても仕方ないと思い、私と限野二人分、厄介そうな連中から逃れるための目くらましを仕掛けてみた。それが案外うまく作用したようで最近はごくごく普通の高校生生活を送ることができている。平和で何よりだと思うのに、限野はそれが不満らしい。
「実践のほうが勘も取り戻しやすくていいじゃんかよ。あーあ、退屈退屈」
「その気になれば思い出したてで慣れない私の目くらましなんてすぐに破れるだろうに、それすらできないような連中を相手にして勘なんて戻るの?」
「退屈しのぎにはなったのに」
 完全に不貞腐れた顔で限野は言う。
「思い出した途端に完全に姿くらますなんて、なーんで一宮はそんなに逃げ腰なんだよ。逃げも隠れもしすぎだろ」
「面倒臭いんだからいいじゃない。まだこっちは思い出したてで本調子じゃないんだから。もう少し調子を取り戻すまでは学生生活を謳歌したっていいじゃない」
「俺はもう学校飽きた。ひたすら教科書読んで記憶して。それだけじゃんかよ。あーあ、せめて大学だったらなぁ」
「アメリカにでも行って飛び級すれば?」
「アメリカ行ったら一宮の観察ができなくなるだろ。一宮もアメリカに行くなら俺も行くけど」
「だから観察するなって何度も言っているじゃない」
 すると限野は呆れ顔で息を吐いた。
「そうは言ってもだな、俺たちはそのために今回こうしてるってのもあるんだぜ? ものすごーく手間をかけて」
「……気の迷いだった。すごく不快」
「俺は面白いけどなー」
 楽しげに笑う限野を見れば、ますます私は渋面になるばかり。
「客観的に見て初めて気付いた。まさか自分がここまで軽佻浮薄な人間だったなんて」
「軽佻浮薄とは言いすぎじゃないか? 一宮は自虐思考だよな。本当に俺?」
「私は私。限野ではない。私を限野の一部のように言われるのは不本意甚だしい」
「だって一宮は俺だろ?」
「違う。限野が私の一部」
「て言うか、俺達は一応きれいに二分割したんだから別にもう何でもいいじゃんか」
「俺達って言わないでよ。それじゃあ私が付属品みたいじゃない」
「そんなにこだわるなよ。面倒臭ぇ」
「じゃあ私達にしてよ。それなら私も納得するから」
「いや、それじゃあ俺が付属品だろ。どれだけ俺の存在を蔑ろにする気だよ」
「限野はそういうのにこだわるのは面倒臭いんでしょ? なら別にいいじゃない」
「面倒臭いけど、そんなあからさまに下位に置かれるのは嫌だ」
 歩みを止めてしばらく二人、無言で軽く睨み合った。
私と限野は前世で同一人物だった。前世の前世も、そのまた前世も。前回……三百年ほど前に死ぬまでは、何度死んで生まれ変わっても私と限野は一人の人間だった。
 私達は……いや、私「達」というのも変か。別に複数の人格があったわけでもない一人の人間だったのだし、だからと言って「私」だと今現在の一宮棗一人を語っているようだし、「俺」だと限野一人のことのようになるので却下。私と限野、二人を足して一人なのだからどちらかに偏るのはどうもしっくりこない。
そうだ。それじゃあこれから、前回までは一個人だった私と限野について語る時は「僕」という一人称を使うことにしよう。一宮棗は「私」、限野冬季は「俺」。そして私と俺になる前の一人の人間は「僕」。
我ながらよい考えの気がする。
「よし。じゃあ前回までについては、私でも限野でもないものとして扱おう」
「唐突に何だよ? 俺でも一宮でもあるのが前回までだろ?」
「紛らわしい。だから前回までについて語る時は私も限野も一人称を「僕」に統一してはどうかと思う。私でも俺でもない、だから僕」
「前回までに僕なんて一人称使ったっけかぁ?」
「忘れた。そもそも日本に生まれたこと自体久しぶりだし。いいじゃないよ、せっかく日本はたくさん一人称があるんだからわかりやすくて」
「僕なぁ、僕。滅多に使わないから何か気色悪いなぁ」
 限野は難しい顔をして首を捻った。
「文句あるなら別のでもいいけど。儂、妾、拙者、朕、某、小生、我が輩、麻呂……たくさんあるから好きなものを選べばいいわ」
 胸を張ってそう言うと限野はうんざりとした顔をした。
「何でそんな一般的でないのばかり選ぶんだよ」
「なら限野が決めたら? 私でも俺でもない一般的な一人称」
「だから俺は今回、文系は得意ではないんだって」
 そう言って限野はわざとらしく息を吐き、まだ若干不満そうだったけれど最終的には合意を得た。そういうわけで、これから前回までについて語る時の一人称は僕に統一する。

 今から約二百年前、僕は死んだ。死んで生まれ変わって、それを繰り返して僕は僕として、長い長い時間を生きてきた。何度も何度も生まれ変わり様々な時代、国を、幾人もの人間として生きてきた。根本的な中身は僕だったのだけど、当然一度死んだ人間はそれで終わりだから名前も性別も違う新たな人間として生まれ変わった。僕という人間の記憶と魂を持ったまま。まるで長い旅のように終わりなく、当てもなく、生と死を繰り返して長い時を過ごした。
 それらは全て、知りたいことを余すことなく知るために。
 そのために僕はもう途方もない昔から生きて死んでを繰り返している。この尽きることのない知識欲を満たすために。
 だけど前回、僕は考えた。
 このまま行けば、いくら生を繰り返しても恐らく僕は全て知ることは出来ない。この知ったそばから新たに知りたい欲求が生まれる僕のことだ。きっとこの星の寿命のほうが早く訪れるだろう。
 そして思い至る。
 一人よりも二人のほうが、効率が良いだろう。
 それから僕は、自分という人間の魂を二つに分けて転生することにした。同じような二人になってしまっては得られる経験は少ないだろうから、二人の僕は少しずつ違う人間になるように。僕の感情も性質も才能も、二等分するのではなくあくまで二分割しよう。少しずつ異なる要素を持った人間が二人出来上がるように。そうすれば僕という人間をもう一人の僕が客観的に見ることできる。僕という人間をより詳細に観察することができる。
 ああ、でも記憶だけはそれぞれに確実に受け継がせなければ。そうでなければ次に生まれた二分の一の僕が今の僕を思い出せないかもしれない。それでは意味がない。
作品名:灰色蝶にウロボロス 作家名:初瀬 泉