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灰色蝶にウロボロス

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 その辺もうまく調整しなくては。魂をいじろうと試みたのはいつ以来だろう。何としても完璧な形で生まれ変わりたいものだったが、けどその前に前回の僕の体が寿命を迎えてしまった。

 そして私は前世の記憶を思い出すこともなく、十五年を過ごすことになったわけだ。
 幸い、僕を分け合ったもう一人である限野と接触することで少しずつ思い出すことになり、やや乱暴な手段だったけれどそれまでのほぼ全ての記憶を思い出すことができた。
「で、実験的とも言える転生も一応成功したって考えてもいいものかな」
「んーまぁ半成功? 失敗ではないんじゃね? 一宮も一応思い出したし。でも転生に三百年もかかったなんて初めてだからその辺は要改善だな。最初の頃だってそんなに空かなかったつーの」
 確かに、僕はありえない頻度で転生を繰り返してきた。あまりに何度も何度も繰り返してきたため、一体何人の人間としての生を過ごしたのか正確には思い出せないくらいに。      
いくら時間があっても足りないと思っていたから、死んだそばから転生の準備に入っていた。だから一度死んで、次に生まれ変わるまでにそう長い時間はかからなかったのだけど。
「ひとつの魂を二分割して、どういう家系に生まれて、って細かく設定したし時間がかかるのは想定内じゃない。時間はかかっても成功と言える形で転生できただけでも御の字でしょ。失敗していたら私も限野も今生なんてなかったかもしれないし」
「うん、まぁなー。魂が使いものにならなくなっちゃったらさすがにどうしようもないもんな」
 限野は呑気に笑うけれど、実際こうして辛うじて成功と言える現状を迎えているのは奇跡のような確率だったと思う。魂を二分割して同時代に生まれ変わろうなんて、我ながら本当によくそんなことを思いついたものだ。成功する確率なんてほとんどなかったのに、その少ない確率に賭けた自分も自分だけれど。
「思えば僕は生きることを楽しみ過ぎだっただろうと、最近ちょっと思う。限野を見て余計そう思う」
「そりゃあ楽しいに越したことはないだろうよ? そんな辛気臭く生きてどうするんだよ、人として生きる貴重な時間をさ」
「限野が言うと真剣みに欠けるからただの極楽蜻蛉にしか聞こえないから不思議」
「何だよ、一宮なんかそんな仏頂面ばっかして。世界終焉のお知らせでもする人かよ」
「限野を見ていると、少し真面目に生きなければと思うんだよね」
「俺は一宮を見てると、もっと楽しく生きようと思う」
「あんたは楽しみすぎ。もう少し慎重に生きなよ」
「いいじゃん。一宮が俺のストッパーになればさ」
「じゃあ私はあんたが羽目を外してくれるからいいよ」
「ああ、そっか」
「そうだよ」
 しかし最初から思ってはいたけれど不思議な気分だ。同じなのに違う人間を目の前にするというのも。
 元は同一だったのに今はそれぞれ別個の存在。一卵性双生児みたいなものだろうか。姿かたちも性質もまるで違うけれど。
「そう言えば私はこの間思い出すまで、前世に縁があったらしい相手が同じ時代に生まれていて、再会するなんて、何かものすごい意味があるのかと思ってたんだよね」
 すると限野は軽く噴き出した。
「一宮ってロマンチストだよな。僕にもロマンチストの素養が少しはあったってことか。これまた新発見」
「だって前世で縁があったらしい相手と偶然同じ高校に通うことになって。しかも私はは全然と言っていいくらい覚えてないのに、もう限野はほぼ全部覚えていて。その上、限野は何だか私が思い出すか思い出さないかに随分興味を持って、わざわざあんな回りくどい真似までして私にほぼ強引に思い出せようとしたんだから。何か大層な意味でもあるんじゃないかって勘繰ったって仕方ないじゃない」
「まぁ、思春期だもんなー。自分が特別だと思いたがっても仕方ねぇって。そういう時期だもんなー」
 あからさまに小馬鹿にするように頭を撫でてきた手を払う。
「うるさい。そう思った一番の原因はあんたにあるんだからね」
「俺は俺がやりたいようにしかやらないから」
 さわやかな笑顔で利己的なことを言ってのける。ああ、本当に僕は性格が悪かったのか。こんなにも自己中心的で他人を顧みなかったなんて……。
「蓋を開けたらこんなに意味のないことだったなんて。全部自分のために生まれ変わって、実験的に魂を分けてみたりして、それもその場のノリのような気分で」
「だーから一宮は全ての行動に意味を持たせないと気が済まないタイプなのかって驚いたんだよな。僕にそんな要素はないと思ってた。俺もないし。ところがないようであったんだなーと一宮を見て初めて気付いたよ」
「客観的に自分を見て楽しい?」
 すると限野は満面の笑みで答えた。
「すっげー楽しくて面白い」
「……私は何とも言えない気分」
 確かに前回まで僕はほぼ、現在の限野のような皮肉屋の楽しがりだった。だから僕に私のような性質があったというのは少し意外だけれど、一応僕も人間なんだから二面性があったっておかしくない。それを自覚してはいなかったけれど、確かに今回二人に別れて転生したことでそういう面が見えたのも面白いと言えば面白いだろう。その自覚なかった面を受け継いだ私としては微妙な気分だけれど。
「そんなしけた面するなって。コント・ド・サン・ジェルマンともあろう者が」
「それは前に僕が死んで使い終わった名前じゃない」
「けっこう気に入ってたんだ、あの名前もあの人生も」
「まぁ僕も楽しんでいたしね。でも未練があるわけでもないんでしょ?」
「うん。だって今は限野冬季としてけっこう楽しんでるし」
「それは何より。私もせいぜい一宮棗としての人生を謳歌することにするわ……ああ、そうだ」
「んぁ?」
 限野が間抜けな声を上げて私を見た。
「とりあえずお互いを観察しながら色々知って経験するっていうのが、今回わざわざ二人に分けて転生した理由だったわけだけど、これからどうする?」
「どうするって?」
「具体的に何をするか。私は特に目的意識もなく十五年生きてきたから今はまだ特に思いつかない。限野はどうするの?」
 少し不思議そうな顔をしてから限野は言った。
「俺も特には決めてないけど。その時やりたいと思ったことをする気で生きてきた」
「まぁそういう風に僕は生きてきて、ここまで来ちゃった感じだけど」
 そんないい加減に生きていいものだろうか。ここに至るまで随分回り道をしてしまったし、時間を無駄にするのも気が引けるし。
「だいたい前回までに気になってたことも俺が調べたり勉強したりしちゃったしさ。別に一宮にこれやってくれーってのも特にねーし。じゃあお互いあとは好きに生きてよくね?」
「……何か目的がないと無駄に過ごしちゃいそう」
「無駄も経験の一つだし、いいじゃんか」
「ああ。そういう考えもあるか」
 無駄という経験をすれば、それはそれでいいのか。生きているだけで何かを経験しているのだから。それでいいか。
「じゃあ私は私のペースで好きに生きていく」
「うん。俺は俺のペースで好き放題やる」
「元同じ人間のよしみで忠告してあげる。あまり羽目を外しすぎないようにね」
「元同じ人間のよしみで忠告してやろう。一宮は少し羽目外した方がいいぜ」
作品名:灰色蝶にウロボロス 作家名:初瀬 泉