しっぽ物語 7.美女と野獣
昼食と巡回診察も半数ほどは終わり、ちょうど午睡の時間にあたる3時過ぎ。車椅子がすれ違えるかどうかというような狭い廊下の両端からは、珍しく呻き声一つ聞こえてこない。麻薬患者と外科的処置を施された病人をまとめて押し込んである三階は、細々とした悲嘆の声が途切れることはなかった。右と左、前と後ろ、どのような理由によるものかは分からない。好奇心は疼いたが、覗き込むような真似はしなかった。見えないからこそ、楽しむことが出来るのだ。
時間のせいか、西棟の突き当たり、一番日当たりの良い場所にある面会室はがらんとして、きつい日差しが中庭に面した窓から差し込んでいるにも関わらず、寒々しく感じるほどだった。ど真ん中のテーブルを囲み、暗い顔で話しこんでいる家族連れと、窓際の汚いソファに埋もれ、蜜柑色の光を浴び続けている女が先客だった。癇に障るゴムの音に、父親の腕から伸びる点滴をじっと見つめていた少年が、一瞬こちらを振り向く。笑ってやれば、すぐさま卑屈な顔で針の刺さった父親の腕に眼を戻してしまったが。
少年の反応などまだ自然なほうで、Vが正面に座っても、女は目玉さえ動かさなかった。包帯で固定した頭を心持傾け、窓の外へ綺麗な青灰色の瞳を向けている。右目は薄紫色に腫れていたが、これでも大分マシになったのだ。組んだ脚だけはすべっこくて美しかったが、ずり落ちた入院着から覗く肩先や首筋は未だ黄色と黒が残っていたし、頭の包帯は何度見ても軽くなる気配がない。それでもその女が美しいと分かるのは、プラスチックのような固さを持つ瞳と、恐らく治療の際切られたダーク・ブロンドが蜜柑色を浴びてきらきらと輝いているからだった。スリッパを突っかけた足の甲は白く、しかも固まったまま動かない。部屋の装飾品の一つにさえ思える今の無機質さだけでも、これほど綺麗なのだ。元はさぞかし素晴らしい女性だったに違いないと、Vは確信していた。だからこそ、こうやって時間を見計らっては汚い部屋に通う。処理できない疚しさに痛々しい包帯を見せ付けることで、気持ちを萎ませる。
「今日はいい天気だな」
右手で肘掛を掴みながら、Vはわざと大儀そうな声を出してソファに腰を下ろした。脳に直接響くような眩しさに自然と瞼が落ちる。女は先ほどからずっと、ぱっちりした眼を開いたままだった。
「これだけあったかけりゃ、そんな格好でも寒くないだろ」
作品名:しっぽ物語 7.美女と野獣 作家名:セールス・マン