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しっぽ物語 7.美女と野獣

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 教会病院の医師にあるまじき言葉は、むっとする体臭が漂う病室の空気を爽やかに切り裂く。すなわち、Vの悩み如きは、眼の前の男が持ちあわせる尊大さの前では数秒の太刀打ちすら出来ないということだった。


 Wの足音が消えるのすら待たずベッドから降り、穴の開いたスニーカーに足を突っ込む。隣で横たわったままの男に挨拶を返したが、メタドンが効いているのだろう。昨晩のように壁を叩いて暴れることもなく、ぐっすりと眠りこけていた。
6人部屋に移動してもうすぐ3週間だが、ルームメイトたちとまともな会話を交わしたことは皆無と言ってよかった。最初は個室か二人部屋。峠を越えてきたならば大部屋に。そして、夜中に叫んだり失禁したりの失態を犯さなくなれば、すぐ荷物をまとめさせられる。慈善病院にそれほどまでの温かさを求めるのは無理だと分かっていたが、仲間になれなかった男達の井出たちがパジャマからネルシャツに変化するのを見るたび、淋しくなる。鞄に詰め込まれたままだったその服から、外の匂いが弾き出たとなればなおさらだ。それは埃と煙が混ざった、鼻の粘膜を引っ掻くような匂いだった。縫合が完全に定着するまで、Vには手の届かない匂いだった。したところで、果たして片手だけで掴めるのかは分からなかったが。


 そろそろリハビリと職業訓練にいそしまなければならないのに、この一ヶ月でVが学んだことと言えば、看護師の乾いた視線を受け止める方法ただ一つだった。それですら、今までの生活の応用でしかない。こちらからは愛想よくしておけ。そうすれば、何かがあったとき言い訳できる。分かりきってはいることだが努力は報われることもなく、やあ、などと殊更陽気で間抜けな声を出し、劣化した靴底のゴムをリノリウムに擦り付けても、薄暗い電灯の下で幾分灰色に見える制服は、動きを留めようともしなかった。犯人であるVの方が、耳障りな音へ顔を顰めるはめになる。