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しっぽ物語 7.美女と野獣

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 心地よい浮遊感。じりじり焼け焦げる裸電球の音が妙に大きく聞こえ、最初耳元で飛び交う蛾の羽音だと勘違いしたほどだった。不快感に手で振り払う――あのときはまだ、しっかりと左手は生えていた――半ば眼を瞑っていたのは、光が眩しすぎたせいだ。夜中の三時、4年前までは妻が綺麗に整頓していた居間を通り抜け、アブラムシの這う台所へ。彼女はどこへ行ったのだろう。車の訪問販売員と共に消えた妻は。石油の代わりにもっとしつこい、胸を圧迫するような油の匂いが、そこにある。先ほどから眼の前を舞い落ちる黄色い花びらが、沈んでは小さい泡となり鼻腔を刺激するもやとなる。香ばしい色の中に腕を突っ込んだ時、その白煙は、更に勢いを増して、それで。
「カウンセリングは」
「明日です」
「定期的に通ってるね。ならいいんだが。仕事のほうは見通しが?」
「しばらく妹の家にいるつもりです」
「社会復帰はなるたけ早いほうが良いんだがなあ」
 模範生の返答にも、思ったとおり医者は処方レンズの奥で眼を細めただけだった。言いたいことは良く分かっている。せめて今年のうちはもったらいいんだが。ボールペンが紙の上を滑る固い音が、怖気を連れて襟足から背筋をまっすぐ這う。Vは今回、本心から更正を願っていた。たとえ眼の前の男の言葉がいかに軽蔑的であろうとも。生まれて初めてのオーバードーズで、いきなり取り返しの付かない事態になるなんて、運が悪すぎるにもほどがある。そういって笑ってやったとき、パジャマの代えを持ってきた妹は目に涙を浮かべてしまい、部屋を出るまで一言も口を聞いてはくれなかった。
「義手も型は取れてるし、リハビリをしないとね」
「でも、先生」
 Vは表情に卑屈さを混ぜ、俯いた。唇の端が、勝手に捲れ上がってしまう。
「そこまでの金が」
「何も一括で払えって言ってるわけじゃないさ。それに、見たところ幸い保険にも加入してるみたいだしね。貴方は幸運だ」
「そうでしょうかねえ」
「もちろん」
 余裕たっぷりの苦笑が作る頬の皺は深く、この表情が彼にとってありふれたものである事は容易に察することが出来た。
「ここに担ぎ込まれてくる人のうちの68パーセントは未加入患者なんですよ。まあ、神に感謝しろとまでは言いませんがね」