「深淵」 最上の愛 第三章
「車で連れてゆきましたわ。中津の工場後やったかな・・・そこで由美を降ろして直ぐに帰りましたから、後のことは知りませんわ」
「本当ですね!」
「ほんまや」
「森岡くん、直ぐに行って」
「はい、山本、案内せえ」
サイレンを鳴らして曽根崎署のパトカー二台が現場に向かった。重い扉が開かれて森岡たちが見たものは悲惨な姿になっていた由美だった。
「朋子は見たらあかん!外に居り。警視正、酷いですわ」
「そうね。中井さんに話される事がまずかったのね・・・合掌・・・」
絵美は手袋をした手を合わせて由美の前で頭を下げた。
「山本さん、こっちに来て」
「・・・酷いなあ・・・南無阿弥陀仏・・・」
「あなたがここへ連れてきたからこうなったのよ!従業員の保護責任遺棄と殺人ほう助の罪状で午後11時30分、現行犯逮捕します。森岡くん、手錠かけて」
「はい、警視正。山本、終わりやな・・・罪軽くないで」
「刑事さん!こんなことになるとは思われへんかったんや。由美許してや・・・」
「今頃反省してもあかんわ!連れてきた時に薄々解ってたやろ?相手は素人とちゃうんやで。お前も伊藤と同罪や!覚えておき」
「警視正さんやったな・・・何でも話すから罪軽くしてくれはりません?ほんまに知らんかったんや」
「それは署の方で改めて聞きましょう。私はこれから本署の方に容疑者と同行するから、森岡くんは朋子さんを家まで送ってから、戻ってきて」
「えっ?送るんですか?自分で帰れますよ」
「こんな事件の後だし、伊藤がうろついていたら危ないでしょ。命令よ」
「はい、解りました。朋子ゆこか?」
「すみません。お世話かけまして」
「いいのよ、あなたは良く働いてくれたもの。明日は遅れないように来てね」
「はい、では失礼します、警視正!」朋子は敬礼をした。
森岡が運転するパトカーに朋子が乗って、夜の大阪の街をサイレン無しでゆっくりと走り出した。朋子は阪急京都線の高槻から通勤していた。171号線はこの時間空いていたから、30分ほどで着いた。
「森岡さん、この後も警視正と署で仕事ですよね?大変ね」
「仕方ないよ。殺人事件だもんな。これで二人目か・・・三人目が出ないようにしないとあかんな」
「そうね・・・なにか大きな事件になってゆくような気がするの」
「ほんまか?何でそう思うねん」
「気がするだけ・・・警視正が心配」
「なんと言うても、女やからな」
「守ってあげてね、私が言うのも変やけど」
「解ってる・・・けど、きっと俺より強いで」
「・・・そんなことあれへんわ。違う意味で強いかも知れんけど」
朋子の予感は遠からずとも当たる事になる。
「兄貴・・・やばいことになってしまいましたわ」伊藤は籾山に電話をした。
「どないしたんや?あんまり掛けたらあかんがな」
「すいません。やってしもうたんです」
「何をや?」
「女、殺してしもうた・・・」
「何やて!こんな時に何してくれんねん!俺も危なくなるやんけ、ボケ!」
「仕方無かったんですわ。弁護士と刑事に相談するって言いよりましたよって」
「何を相談するって言いよったんや?」
「足抜けです。俺や兄貴のこと喋られたらいかんと思うて・・・呼び出して聞きましてん。初め知らんって言うてたんですけど、痛い目にあわせたら・・・全部吐きよりましてん。組長が兄貴に頼みやはったことまで知ってましたわ」
「夏海の弁護士のことか?」
「そうです。誰に聞いたんやって問い詰めたんですが、言いよりまへんでしたから、ぎゅっと締めたら・・・」
「先は言わんでもええわ。どないするねん、これから。うろうろ出来んぞ」
「匿ってくれませんか?もうここはやばいんで・・・」
「今な、組長から連絡があって、山本支配人自首させたんやて。逮捕されるやろうから、気をつけるようにって言われてるねん。厄介やな・・・」
「そっちへ今から行きますから、頼みますわ」
「兄貴に相談するさかいに、とりあえずこっちに来い」
「おおきに・・・直ぐ向かいます」
店が引けて誰も居なくなった店内から籾山は戸村に電話をした。
「すみません遅うに。困ったことができましてん・・・政則がやらかしまして、こっちに逃げて来る言いよりますねん。どないしましょ?」
「厄介だな。大丈夫か?お前の首まで危なくなれへんか?」
「はい、ここも安全とは言えませんから・・・一緒に居るのはまずいですね」
「可愛いか?」
「政則のことですか?」
「そうや。弟みたいにしてやりたいって思ってるのか?」
「そこまでは・・・暴走する奴やから、困ったもんですけど」
「そうか・・・」
このあと、戸村が言った言葉に籾山は愕然とした。
「それやったら、消えてもらい。小野田さんやうちの組に迷惑が及んだら、お前責任取らなあかんで。そうなったら、俺かて守られへんようになる」
「兄貴・・・どうやってやるんですか?」
「店まで来させて・・・飲み物にカリ入れて飲ませろ。今から持ってゆくから」
「はい・・・仕方おまへんな。待ってます」
直ぐに戸村は店にやってきて、紙包みを一つ籾山に手渡した。
「やったことないやろ?」
「はい」
「水割りか、酎ハイに一袋混ぜるだけや。味は気付かれへん。飲んだら直ぐや。後は解るやろ?足付かんように捨てるんだぞ」
「解りました」
絵美と一緒に署に着いた山本は直ぐに取調べを受けた。
「こんな時間だけど、我慢しなさいね」
「はい、何でも言いますから」
「手がかりが欲しいの・・・知っていること話してくれる?」
「由美はわしの女やった・・・ほんまに可哀そうな事したわ」
「裏切ったの?最低ね」
「伊藤という男は前にも殺しをやっている奴だと聞いていました。一樹会に入ったと聞いてわしらには危害は加えないやろうと思っていたのが、間違いでしたわ」
「由美さんを連れて行ったのもそこまではしないと思ったのね?」
「はい、その通りです」
「他に?気付いたことは」
「あの工場に伊藤の車が停まってましたわ」
「覚えているの?」
「はい、黒の・・・確かステップワゴンだったと思います」
「ナンバーは?」
「何番やったかな・・・最後が9やったように記憶してますけど・・・そうや、京都ナンバーやった」
「間違い無いのね!」
「確かにそうでしたわ」
絵美は兵庫県警にも連絡をして緊急手配を布いた。間一髪の情報だった。二号線元町付近を西走する黒のステップワゴンを兵庫県警の巡回パトカーが見つけた。
森岡は朋子の家に着いた。玄関先で車を降りるときに、朋子の方から、
「森岡さん・・・気をつけて仕事に戻ってくださいね。いつも頑張っている姿が好きです」
そう言った。
「ちょっと疲れているけど、このヤマは俺が絶対にカタをつける。由美さんが可哀そうや・・・真奈美や夏海だって犠牲者や。女を弄ぶ奴は許せんから」
「うん、事件の解決を私も願ってる。じゃあ、おやすみなさい」
「早く寝て明日遅刻しないようにしろよ・・・そうだ、この件が済んだらデートしようぜ。いいだろう?」
「ほんと!こんな時に不謹慎だけど、嬉しいです」
「じゃあな」
別れてから直ぐに電話が鳴った。
「はい、森岡です・・・そうですか!やりましたね。今、茨木ですわ。すっ飛ばしてゆきます」
作品名:「深淵」 最上の愛 第三章 作家名:てっしゅう