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てっしゅう
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「深淵」 最上の愛 第三章

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「では何度も聞きますが心当たりが無いと言われるのですね?」
「はい、まったくありません」

絵美は森岡に聞いたことを伝えた。
「そうですか・・・それとなく会ったら尋ねてみます」
やがて約束の10時になった。

森岡が東梅田の風俗店から取調べを終えて出た後に、支配人がやってきて、話をした由美を連れ出した。
「支配人、どこに連れてゆかはるの?用事あるんですけど」
「黙っとり・・・直ぐわかるから」
「うち、刑事に何も話してませんよ」
「わかっとる・・・連れて来いって言われたんや」
「小野田さんか?」
「誰でもええやろ。着いたわ」

由美を乗せた車は、今は使われていない町工場の前に停まった。さびた入り口のドアーを引き開けて中に入ると人が待っていた。
「ご苦労さん、帰ってええで」
「確かに連れてきたぜ。何も知らんことにするからな」
「そうしとき」

一人残された由美は男の顔を見て恐怖に襲われた。

「なんやその顔は?俺の事知ってるようやな?何でや、言うてみ」
「知りません」
「アホ!顔に書いたあるわ、知ってるって。刑事に聞いたんやろう俺の事。何返事したんや?」

待っていた男は伊藤政則だった。

「何も言うてへん。助けてなあ・・・ほんまや」
「助けたるから全部話してみ。何企んでたんや?」
「・・・今の生活から抜け出したかったんや・・・刑事が来ていいチャンスやと思った。弁護士の先生も知っていたから一緒に話そうと思ってたんや・・・あかんねんやったら、もうせえへんさかいに、見逃して下さい」
「他に何を話したんや?」
「何も言うてないよ」
「信じられへんな。弁護士の名前なんて言うねん?」
「・・・中井さん」
「どんなやっちゃ?」
「40ぐらいの痩せた人や」
「どこで待ち合わせしてるねん?」
「オリエントで10時に」
「東通やな・・・店に寄るように電話しい。会う前に渡したいものがあるとか何とか言え」
「待ってて・・・」

由美は電話した。言われたとおりに、ちょっと寄って欲しいと。

中井弁護士は8時に由美の店に行った。受付で頼まれてきたと名刺を見せたが、由美は居ないと言われた。支配人と出て行ったまま、まだ帰らないと教えられた。待っている場所も無く、仕方なく約束の時間までぶらつくことにした。

中井の後を付けてゆく男が居た。伊藤だ。人影が少なくなったところで声をかけた。
「中井さんですか?」
「そうですけど、どなたですか?」
「悪いなあ・・・堪忍してや」
そう言うなり、懐に隠し持っていたナイフで腹を刺した。

「何するんだ!痛い・・・」その場にうずくまった。伊藤は慌てずすっとその場を立ち去った。

10時を30分過ぎても約束した由美が来ないので森岡はいらいらしていた。堪らず、店のほうに向かって歩き始めた。店に由美の様子を尋ねるとまだ出て行って帰ってこないと知らされた。悪い予感が森岡の頭を掠めた。
「支配人に連絡してくれ。大至急だ」
「刑事さん、繋がりません」
「どこに行ったんや!誰か知らんか?」
「解りませんわ・・・」

一樹会の事務所に電話をした。
「大阪府警の森岡や。小野田さんいるか?」
「留守ですわ。どないしやはりましたん?」
「大至急や!東梅田の店で支配人が連れ出した女が行方不明や。居場所教えへんかったら、踏み込むでそこに」
「知りませんよ、なに疑ってはるか解りませんが・・・困りまっせ、森岡さん。やりすぎはいかんのとちゃいますか?」
「支配人はお前ところのもんやろ!居場所教えろ。時間がないねん。秒読みするで、10以内やええか!10・・・9・・・8・・・」
「脅しても無駄や、森岡さん。支配人は消えよったさかいに」
「あかんで言い訳は、カウントあと三つや!3・・・2・・・」
「今、組長に繋がりましたわ。聞きますから待ってください」
「直ぐやで!」
「曽根崎署に出頭させるそうですわ」
「ほんまか?今すぐやろうな」
「そうさせるって言うことですわ」

電話を切って直ぐに曽根崎署に駆けつけた。私服の朋子が居たことに森岡は驚いた。

「朋子!何してるんねん」
「さっき東通で男性が刺されて犯人が伊藤政則だと解ったから、似顔絵のコピーと配布の手伝いをしろと警視正に指示受けたの」
「もっと早く知ってたら良かったのに」
「どうしたの?」
「待っていた女が時間を過ぎても来なかったから、店に聞きに言ったら行方不明になっとんたんや。店の支配人逃げとったようやけど、ここに出頭するそうや。警視正に連絡せなあかんな」

直ぐに病院から絵美は駆けつけてきた。
支配人と名乗る男が出頭してきた。

「名前何や?」森岡は尋問を始めた。
「山本言いますねん」
「身分証見せや」
「持ってませんけど」
「免許証は?」
「持ってません」
「うそやろ!どうやってお前が山本やって証明するねん」
「山本やから山本って言いましたけど」
「警察なめてたらあかんぞ!いま小野田に電話するからな」
「うそは言ってませんで。免許は持ってましたけど反則で取り消しになりましたからそれからはありませんわ」
「保険証は?」
「なんですの?それ」
「お前日本国民やろ?国民年金と保険は義務やで、知らんのか?」
「小さいときから親もおらへんかったから、そんなん知りませんわ」
「今日はええわ。住所は?」
「店の二階に住んでます」
「二階があるんか?」
「狭い部屋ですけど、作ってあるんです」
「年は?」
「30です」
「結婚は?」
「してません」
「由美やったな、どないした?」
「・・・知りません」
「何もしてないのにここに出頭したんか!アホ!」
「行けって言われたさかいに来ただけですわ」
「もし由美が怪我してたりこのまま行方不明になったら、お前を逮捕するで。まあ、その前に内緒で締めあげたるけど・・・」

絵美はその発言を注意した。

「森岡くん、警察は暴力団はと違うのよ。締めあげたる・・・は撤回しなさい」
「すみません。言い直すわ。徹底的に聞くからな、そのつもりでいろ」

尋問を絵美が代わって引き受けた。

「山本さんね、早川と言います。これからは私の質問に答えてね」
「ええ姉ちゃんやな・・・ほんまに刑事さんか?」
「そうよ。何に見えた?」
「いや・・・高級クラブのママかと思うたわ」
「ありがとう、褒めてくれてるのね・・・ねえ、何故弁護士の中井さんを刺したの?」
「えっ!わしちゃいまっせ。なんで疑ってますの?」
「刺された中井さんが顔を覚えていて、聞いた情報からするとあなたのような感じなのよ」
「何言うてますねん。わしは脅されて連れて行っただけやで。何も知らんわ」
「誰に脅されたの?」
「知らんやつや。店に来て由美を誘い出せって脅されたんや」
「変ね・・・あなたは小野田さんも知っているほどの一樹会のメンバーやろ?チンピラの伊藤ごときに脅されるなんて考えられないけど?」
「わしはやくざと違いますよ。店の支配人任されている一般人でっせ。そら経営者はそうかも知れへんけど、施設から引き取って面倒見てもらった義理で仕事は一生懸命やってるだけです」
「それ作り話や無いでしょうね?」
「調べたら解るで。警察やろ?」
「脅されてどうしたの?」