「深淵」 最上の愛 第三章
「行ってみな解らんやろ・・・ちょっとしたことがきっかけになるんや」
森岡は絵美に許可を貰いその店に足を運んだ。
「警察や・・・手入と違うから、仕事続けてかまへんで」
「どうしたんですか?誰かに用事でっか?」
「女の子一人一人に聞きたいから中に入るで。ええやろ?」
「お客が居るところは勘弁してくれはりますか?」
「そうやな・・・あんまり見たくないからな」
「支配人か?暇している子に先に俺の事話してくれるか?」
「はい、そうします」
一番奥の部屋から順番に中に入り森岡は同じことを尋ねた。籾山の手がかりが欲しかったからだ。客を取っていた女が片付けを済ませて戻ってきたタイミングで中に入り話を聞いた。
「疲れているところ申し訳ないなあ・・・聞きたいことあるんや。答えてくれるか?」
「おおきに・・・今の人長いこと出えへんかったから、しんどかったわ。すんません・・・愚痴って。何ですか?聞きたい事って」
「顎痛いんか?」
「だるいって感じですけど」
「ええわ、籾山って言う男知らんか?」
「籾山・・・知りませんよ」
「ほんなら、伊藤政則って言うやつはどうや?」
「伊藤・・・顔は?」
「せや、これ二人の似顔絵やけどこんな感じで20歳前後や」
女はその絵を見て・・・
「見たことあるなあ、どこでやろ・・・そうや、真奈美の男と一緒に居てた人や」
「一緒の男が籾山っていうんや」
「名前までは知らんかったわ・・・この頃見かけへんなあ。どないしたんやろ」
「前はちょくちょく見かけたんか?」
「通り歩いていたからね。この辺見張ってたんと違うんかなあ」
「東通りのことやな?この辺って」
一樹会のシマを見張っていたのだろうと、森岡は思った。
「なあ、頼みがあるねん。この男見かけたら教えてくれへんか?」
「私が?・・・そんなことしたら、働けなくなりますわ。怖い人やろ?無理」
「あんたが教えたって絶対に漏らせへんから、安心し。見かけたらでええねん。頼むわ」
「支配人がもう仲間に話しているから、ここへは来ないよきっと」
「そうか、そうやな。俺が来たこと知ってるからなあ・・・何か見つける方法ないかな?」
「ここでは話されへん・・・」
森岡は少し小さな声で、
「他でやったら、話してくれるんか?」
女は首を縦に振った。
「22時に終わらせてもらうから、東通のオリエントって言う喫茶店で待ってて・・・24時まで営業しているから大丈夫」
「オリエントやな・・・近いんか?」
「梅田側の入り口から直ぐ」
「おおきに、助かるわ。待ってるさかいに」
「うちにも頼みがあるねん。そのときに言うから聞いてね」
「かまへんで」
森岡は、支配人に「世話かけたな。何も聞かれへんかったわ。残念やったけど」そう声をかけて出て行った。
「警視正、森岡です。収穫ありましたわ。22時に店の女と話出来ることになりました。東通のオリエントって言う喫茶店です。今日は戻りませんから、また連絡します」
「お疲れ様。良かったね・・・手がかりが聞き出せるといいわね。頼みますよ。それから・・・上村さんがいるのよ、変なことはしないでよ」
「何です?・・・そんなことしませんよ!刑事ですよ」
「でも男でしょ、フフフ・・・用心に越したことは無いのよ」
「きついなあ・・・そんな信用ないですか?俺って」
「じゃあ、さっさと結婚しなさい!ぐずっているから疑われるのよ」
「その話ですか・・・関係ないじゃないですか。飯食ってぶらぶらして時間つぶしてから向かいますので」
森岡は、女が何の相談なんだろうかとちょっと考えた。足抜けの相談か?金銭トラブルの相談か?男性関係の相談か?などぼんやりと考えていた。
絵美は今日も朋子と繁華街の警邏に出かけることにした。森岡から聞いた情報を元に東通近辺を捜査しようと暗くなってから出かけた。二人とも今日は少し服装に変化をつけた。玄関を出るときに男性署員から「刑事に見えませんね・・・変われば変わるもんや」と冷やかされた。
思い切って胸元を広く開けたブラウスと明るい色のジャケットを羽織り、タイトなミニスカートを着た絵美はどこから見ても刑事とは想像できなかった。朋子は逆にフリルの付いた可愛い柄物のワンピースを着ていた。二人とも署を出ると、通りがかりの男性からチラ見される。地下鉄の中でもじろじろと見られた。
「お姉さん・・・なんか恥ずかしいですね。じろじろ見られて」
「朋子、気分いいじゃない。それだけ可愛いって言うことなんだから」
「もう28ですよ・・・可愛いなんて」
「何言ってるの。私は33よ。どうするの」
「お姉さんとは違いますよ。こんな服初めて着ました。可愛い服装でって言わはりましたから、無理して購うたけど・・・なんかやっぱり恥ずかしいです」
「そんなこと思わなくていいの。あなたは私と違って幼い顔立ちだから似合ってるのよ。気にしない気にしない」
梅田に着くとたくさんの人が地下街を歩いていた。東通の入り口から少し入ったところにある喫茶店オリエントを絵美は確認した。朋子には森岡が女と会うことを話さなかった。仕事とはいえ、二人で喫茶店で会うことは気になることだと思ったからだ。通りの中程で騒ぎ声がした。近寄ってみると、酔っ払いなのだろうか、男が倒れていた。
「救急車呼んだり!血いだしてるわ」そう叫んでいる男性の声が聞こえた。絵美は傍によって、「どうしたの?」と尋ねた。意識は少しあったようで、「刺された・・・痛い」と小声で囁いた。
サイレンの音が聞こえて、救急隊員がやってきた。勘が働いたのか、絵美は朋子を残して自分はこの男に付き添うと救急車に乗った。残された智子は曽根崎署の巡査が来るの待って、一人で警邏を続けた。
朋子の携帯が鳴った。絵美からだった。
「刺された男性は私が見せた似顔絵の男にやられたと確認したから、緊急手配よ。曽根崎署に連絡して頂戴」
「はい、解りました。直ぐ向かいます」
「似顔絵持ってるわよね?所轄に渡してコピーして配るようにしてもらって」
「了解しました」
「それから、全てが終わったら電話して。頼みたいことがあるから」
「はい。電話します」
病院に搬送された男性は、似顔絵の伊藤とは面識が無かった。絵美は、何故刺されたのか聞いたが、解らないと答えていた。手当てが終わり比較的容態が良くなってきたので、医師の許可を貰い、面談した。
「大阪府警の早川警視正です。お尋ねしたいことがありますのでゆっくりで構いませんから教えて下さい」
「はい」
「お名前はなんと言われますか?」
「中井脩一と言います」
「職業は何ですか?」
「弁護士です」
「弁護士?何をされていたのですか?」
「お客様と待ち合わせのために来たのですが、時間が早かったのでぶらついていました」
「何時の待ち合わせでしたの?」
「10時です」
「場所は?」
「オリエントという喫茶店です」
「誰と待ち合わせでしたの?」
「それは・・・守秘義務でお答えできません」
「女性ですか、男性ですか?」
「女性です」
偶然だろうか、森岡が待ち合わせをしている場所と同じで同じ時間で、相手が女性。しかも、森岡に相談があると持ちかけている状況があるから、ひょっとしてと絵美は考えた。
作品名:「深淵」 最上の愛 第三章 作家名:てっしゅう