漢字一文字の旅 第一巻(第1編より第18編)
十七の三 【糸】
【糸】、絹の「いと」をより合わせた束であり、元は「絲」、糸を二つ並べた字「シ」であった。それが簡略され、【糸】になったとか。
こんな【糸】、生糸、木綿糸、毛糸、凧糸など種類が多い。その中でも面白い糸が『蜘蛛の糸』だ。
芥川龍之介は書いた。
お釈迦さまが極楽の蓮池(はすいけ)から地獄を覗(のぞ)くと、一生に一度だけの善行、蜘蛛の命を助けたカンダタという泥棒がいた。
それに免じて、極楽に導いてやろうと一本の蜘蛛の糸を垂らされる。
カンダタはもちろんそれを掴み、極楽に行こうと昇るが、下を見ると他の罪人たちが続いてくる。このままじゃ蜘蛛の糸は切れると思い、下りろ! とわめいた。
するとカンダタのところからぷつりと糸は切れ、再び地獄へと落ちて行った。
こんな粗筋だが、果たして蜘蛛の糸の太さは一体どれくらいのものだったのだろうか?
通常網を張ってる蜘蛛の糸の径は、五マイクロメートル、つまり千分の五ミリメートルだ。
人の髪の毛が〇、〇五ミリメートルで、その十分の一の細さ。
そらあー切れて当然となるが、しかし、同じ太さで換算すれば、蜘蛛の糸は鋼の五倍も強い。
もし蜘蛛の糸を束ねて一ミリメートルにすれば、人一人は吊り下げられると言われている。
お釈迦様も人が悪い。極楽から垂らした蜘蛛の糸、せめて二、三ミリメートルの太さのものにしてやれば良かったのに。
ならば、この現代で最も強い糸ではどうだろうか。それは炭素から作られるナノチューブ。
一ミリメートルの太さで、一トンの重さに耐えられると言われている。
もしお釈迦さまが蜘蛛の糸ではなく、ナノチューブの糸を垂らしていれば、決して切れることもなく、十人くらいの罪人は極楽へと昇れたのかも知れない。
きっとこんな発想から思い至ったのだろう。ある建設会社が発表した。
二〇五〇年までに、天上九万六千キロメーターまで昇れる宇宙エレベーターを供用開始すると。
そして、それはナノチューブで作られる。
蜘蛛の糸の結末は、自分だけ地獄から抜け出そうとしたカンダタ、その浅ましさから糸は切れ、地獄に落ちるのは当然だとお釈迦様は思いを改められた。
さてさて宇宙エレベーター、天上の極楽におられるお釈迦様、どんなコメントをされるのかな?
作品名:漢字一文字の旅 第一巻(第1編より第18編) 作家名:鮎風 遊